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「曽我物語」鞠子川の事(その2)

五朗ごらう聞きて、歌のたい悪しくや思ひけん、行縢むかばきつづみ打ち鳴らし、かくぞ詠じける、

渡るより 深くぞ頼む 鞠子川 親の仇に 逢瀬と思へば

斯様かやうに思ひ連ね、とほる所は阿弥陀のいんしゆ、かさまてら、湯本の宿を打ち過ぎ、湯坂峠ゆざかのたうげに駒を控へ、弓杖ゆんづゑ突きて、まうしけるは、「人生まれて、三箇国にて果つるとは、ことわりな。我生まるる所は伊豆いづの国、育つ所は、相模の国、最後所は駿河の国富士野裾野の露と消えなん不思議さよ」。五朗聞きて、「その最期所が大事にてさうらふぞ。心得給へ」と諌むれば、古里の名残りやしかりけん、我が方の空をはるばると眺むれば、ただ雲のみ薄けぶり、いづくをそことも知らねども、「けぶり少し見えたるは、もし曽我にてや候ふらん」。




五朗(曽我時致ときむね)はこれを聞いて、あまりに悲しい歌だと思い、行縢([遠行の外出・旅行・狩猟の際に両足の覆いとした布帛ふはくや毛皮の類])を鼓に打ち鳴らし、こう詠みました、

鞠子川を渡ると思えば、より頼む気持ちが増すよううです。親の仇(工藤祐経すけつね)に逢う瀬なのですから。

こうして思い思いに、通る所は阿弥陀のいんしゆ(?)、かさまてら(?)、湯本の宿(現神奈川県足柄下郡箱根町湯本)を過ぎ、湯坂峠(箱根峠)で馬を止めて、弓杖を突いて、十郎(曽我祐成すけなり)が申すには、「人に生まれて、三箇国で果てるのも、運命よ。わたしが生まれた所は伊豆国、育った所は、相模国、最後は駿河国富士野裾野の露と消える不思議さよ」。五朗(曽我時致)はこれを聞いて、「最期が大事なのです。覚えていてください」と諌めれば、故郷が名残り惜しいのか、故郷の空を遠く眺めて、ただ雲ばかり薄煙り、どことも知れませんでしたが、「煙がかすかに見えたが、もしや曽我(現神奈川県小田原市)であろうか」。


続く


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by santalab | 2015-04-16 09:05 | 曽我物語 | Comments(0)

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