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Santa Lab's Blog


「曽我物語」千草の花見し事(その2)

五朗ごらう聞いて、「草木そうもくも、心なしとはまうすべからず。釈迦如来しやかによらい涅槃ねはんに入らせ給ひし時は、心なき植木うゑきの枝葉に至るまでも、歎きの色をあらはしけり。我らが別れをしみさうらふやらん。如何でか知り候ふべき」とて、草を分けければ、卯の花の蕾みたる、一房落ちたりけり。十郎じふらう、これを取り上げて、「如何に、見給へ、五朗殿。老少らうせう不定ふぢやうの習ひ、今に始めぬ事なれども、老いたる母は留まり、若き我らが先立ちまうさん事、これに等しきものを。開きたるは留まり、蕾みたるは散りたるとや。名にし負ふ忘れ草ならば、名残りを忘れてや散りつらん。それは、昔、住吉に、諸神影向やうがうなりける事あり。御かへりを止め奉らんとて、この花を植ゑて、忘れ草と名付け給ひけるなり。歌にも、

紅葉ぢては 花咲く色を 忘れ草 一つ秋ながら 二まちの頃




五朗(曽我時致ときむね)はこれを聞いて、「草木に、心がないと申すものではございません。釈迦如来が、涅槃([釈迦の死])に入られた時には、心ない植木の枝葉に至るまで、悲しみの色を顕したのです。我らとの別れを惜しんでいることでしょう。きっと分かっておりますとも」と申して、草を踏み分けると、卯の花([ウツギの白い花])の蕾が、一房落ちていました。十郎(曽我祐成すけなり)が、これを取り上げて、「どうしたことか、見てみよ、五朗殿(時致)。老少不定([人の寿命に老若の定めのないこと])の道理は、今にはじめたことではないが、老いた母はこの世に留まり、若い我らが先立つこと、この蕾と同じではないか。開いた花は留まり、蕾は散ってしまった。その名の付く忘れ草ならば、名残りを忘れて散るのやも。その由来は、昔、住吉(現大阪市住吉区にある住吉大社)に、諸神が影向([神仏の来臨])したことがあった。諸神が帰るのを止めようと、この花を植えて、忘れ草と名付けたのだ。歌にも、

葉が色付く頃には花の色を忘れてしまうという忘れ草よ。一つの秋にもう一度花咲くことを待っている。


続く


by santalab | 2015-04-17 17:19 | 曽我物語

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