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Santa Lab's Blog


「曽我物語」千草の花見し事(その5)

十郎じふらう御前おんまへに畏まり、あふぎしやくに取り、まうしけるは、「奉公を致し、御恩かうぶるべき身にてはさうらはねども、末代の物語に、富士野御狩みかりの御供に思ひ立ちて候ふ。恐れ入りたるまうし事にて候へども、御小袖を一つ貸し賜はり候へ」と申しければ、母聞きて、「『きみ臣を使ふに、礼を以つてし、臣君に使ふるに、忠を以つてす』と、論語の内にさぶらふぞや。何の忠に依つてか、御感もあるべき。御恩なくは、無益むやくなり。あはれ、この度の御供は、思ひ止まり給へかし。如何にと言ふに、伊東殿父、奥野の狩場より、病ひ付きてかへり、幾ほどなくて、死に給ひぬ。御分の父、河津殿、狩場にて討たれ給ひ、斯かる事どもを思ひ続くるに、狩場ほど憂き所なし。しかも、謀反の者のすゑうへにも御許しなきぞかし。また、馬鞍むまくら見苦しくて、物を見れば、かへりて人に見らるものを。思ひ止まりて、親しき人々の方にて慰み給へ。斯様かやうまうせば、小袖をしむに似たり。よくはなけれども、紋柄面白ければ」とて、秋の野に摺り尽くし縫ひたる練貫ねりぬきの小袖一つ取り出だしてびにけり。




十郎(曽我祐成すけなり)は、母の御前に畏まり、扇を笏に持ち、申すには、「奉公を致し、恩を蒙る身ではございませんが、末代の物語に、富士野の御狩のお供にと思い立ちまして。恐れ入るばかりの申し事([願い事])ではございますが、小袖を一つ貸してはいただけませんでしょうか」と申せば、母は聞いて、「『君が臣に接する時は、礼を以つて接見し、臣が君に仕える時は、忠義をもって仕えるべし』と、論語の中に書いてあります。何の忠義があって、感心なされることか。ご恩なくては、無益([無駄なこと])です。残念なことですが、この度のお供は、思い止まるように。訳を申せば、伊東殿(工藤祐経すけつね)の父(工藤祐継すけつぐ)は、奥野の狩場で、病いになられて帰った後、幾ほどもなくて、亡くなりました。お前の父の、河津殿(河津祐泰すけやす)も、狩場で討たれました、これを思えば、狩場ほど悲しい所はありません。しかも、謀反の者(伊東祐親すけちか)の子孫ならば、上(源頼朝)のお許しもないでしょう。また、馬鞍も見苦しくて、武具を見れば、人に嘲られましょう。ここは思い止まって、親しい人々の許を訪ねてのんびりなさい。こういうことを申せば、小袖を惜しんでのことと思われるでしょう。良いものではありませんが、紋柄に趣きがあるものを」と申して、秋の野を染め尽くし刺繍の付いた練貫([平織りの絹織物])の小袖を一つ取り出して十郎(祐成)に与えました。


続く


by santalab | 2015-04-18 07:32 | 曽我物語

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