これを見る人、晴明が奇特の尊き、証空の心ざしあり難さに、色々の袖絞るばかりなり。さて、証空の方よりは、煙立ちて、苦悩忍び難かりしかば、年来頼み奉る絵像の不動明王をにらみ奉り、「我、二なき命を召し取りて、屍を壇上に留む。正念に住して、安養浄刹に迎へ取り給へ。知我心者、即身成仏、誤り給ふな」と、一心の願をなしければ、明王、憐れとや思しけん。絵像の御眼より、紅の御涙はらはらと流させ給ひて、「汝、尊くも法恩を重くして、一人の親を振り捨て、命に代はる心ざし、報じても余りあり。我また、如何でか汝が命に代はらざるべき。行者を助けん。かたいしゆくの誓ひは、地蔵薩たに限らず。受くる苦悩を見よ」と、あらたに霊験顕れければ、明王の御頂きより、猛火燻ぼり出で、五体を包め給ふ。尊しとも、忝しとも言ひ難し。
これを見る人は、晴明の奇特([不思議])な力、証空の師への思いの深さに、色々の袖を絞るばかりでした。そして、証空の方よりは、煙立ち、苦悩は堪え難いものでした、証空は年来頼みにしていた絵像の不動明王をじっと見つめて、「わたしの、二つない命を召し取り、屍を壇上に留めよ。正念([雑念を去った安らかな心])とともに、安養浄刹([阿弥陀仏の浄土。極楽浄土])に迎え給へ。知我心者、即身成仏(『稽首聖無動尊秘密陀羅尼経』の文らしい)、誤りなきよう」と、一心([唯一絶対の心])の願を立てました、不動明王は、哀れと思ったのでしょうか。絵像の眼より、紅の涙([嘆き悲しんで出す涙])をはらはらと流して、「お前は、ありがたいことに法恩([三宝=仏・法・僧。の恩])を大事と思い、ただ一人の親を振り捨て、命に代えようとする心ざしに、報いることはできまい。我もまた、何としてもお前の命に代わろうと思う。行者を助けたいのだ。かたいしゆく(我代受苦?)の誓いは、地蔵薩た(地蔵菩薩)だけではない。我が受ける苦悩を見よ」と申すと、あらたかな霊験が顕れました、不動明王の頭の頂きより、猛火が出て、五体を包み込みました。ありがたいとも、畏れ多いとも言い難いものでした。
(続く)