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Santa Lab's Blog


「曽我物語」河津が討たれし事(その1)

「しからばこのかへり足を狙ひて見ん」「しかるべし」とて、道を変へて、先に立ち、奥野の口、赤沢山あかざはやまの麓、八幡山やはたやまさかひにある切所せつしよたづねて、しいの木三本、小楯に取り、一の射まぶしには大見おほみ小藤太ことうだ、二の射翳には八幡やはた三郎さぶらう、手れなれば、余さじものをとて、立ちたりけり。各々待ち掛けけるところに、一番にとほるは、波多野はだの右馬允むまのじよう、二番に通るは、大庭おほばの三郎、三番に通るは、海老名えびな源八げんぱち、四番は、土肥とひ次郎じらう後陣ごぢん遙かに引き下がりて、流人るにん兵衛佐ひやうゑのすけ殿ぞ通られける。仇ならねば、皆遣り過ごし、この次に、伊東が嫡子河津かはづの三郎ぞ来たりける。面白くこそ出で立ちたれ。




「ならばこの帰りを狙おう」「そうしよう」と申して、道を変えて、先に立ち、奥野の口、赤沢山の麓、八幡山の境にある切所([山道などの、通行困難な所])に向かいました、椎の木三本を、小楯にして、一の射翳([伏兵])は大見小藤太(大見成家なりいへ)、二の射翳には八幡三郎(八幡行氏ゆきうぢ)は、弓の上手でしたので、よもや外すことはあるまいと、待ち構えていました。各々待つところに、一番に通ったのは、波多野右馬允(波多野義常よしつね)、二番に通ったのは、大庭三郎(大庭景親かげちか)、三番目に通ったのは、海老名源八(海老名季貞すゑさだ)、四番は、土肥次郎(土肥実平さねひら)、後陣遙かに引き下がって、流人兵衛佐殿(源頼朝)が通りました。仇ではありませんでしたので、皆遣り過ごし、この次に、伊東(伊東祐親すけちか)の嫡子河津三郎(河津祐泰すけやす)がやって来ました。華やかな出で立ちでした。


続く


by santalab | 2015-04-25 09:08 | 曽我物語

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