事こそよけれと思ひければ、「助け候はん。御許し候へ」と言ふ。母、「さらば、許す。止まり候へ」とのたまへば、その時、十郎、怒りを止めて、声を和らかにして、座敷に直り畏まり居たりけり。されども、忍びの涙の進みければ、とかく物をも言はざりけり。五朗も、恨みの涙の引き替へて、嬉しさの忍びの涙しきりにして、前後をさらにわきまへず。
十郎(曽我祐成)はうまく行ったと思い、「ならば助けましょう。勘当を許していただけますか」と申しました。母は、「そなたが助けると申すならば、許しましょう。ですから止めなさい」と申せば、その時、十郎は、怒りを鎮めて、おだやかな声になり、座敷に畏まり居ずまいを正しました。けれども、忍びの涙は溢れて、何も言えませんでした。五朗(曽我時致)も、恨みの涙に引き替えて、うれしさの忍びの涙をとめどなく流して、前後も知れないほどでした。
(続く)