伊東は、しかる古兵にて、敵に二つの矢を射させじと、大事の手にもてなし、馬手の鐙に下り下がり、馬を小楯に取り、「山賊ありや。先陣は返せ、後陣は進め」と呼ばはりければ、先陣・後陣、我劣らじと進めども、所しも悪所なれば、馬のさくりを辿るほどに、二人の敵は逃げ延びぬ。隈もなく待ちけれども、案内者にて、思はぬ茂み、道を変へ、大見庄にぞ入りにける。危ふかりし命なり。伊東は、河津の三郎が伏したる所に立ち寄りて、「手は大事なるか」と問ひけれども、音もせず。押し動かして、矢を荒く抜きければ、いよいよ前後も知らざりけり。
伊東(伊東祐親)は、名のある古兵でしたので、敵に二の矢を射させまいと、用心して、馬手([右手])の鐙に身を伏せて、馬を小楯に取り、「山賊がおるようだ。先陣は返せ、後陣は進め」と叫びました、先陣・後陣とも、我劣らじと進みましたが、悪所でしたので、ならばと、馬のさくり([粒の細かい砂や雪などを踏んだり掘ったりするときの音や、その様を表す語])をたどっているうちに、二人の敵は逃げ延びてしまいまぢた。隈なく敵が現れるのを待ち構えましたが、案内者でしたので、思いもしない茂みを通り、道を変えて、大見庄に帰りました。危うい命でした。伊東(祐親)は、河津三郎(河津祐泰)が伏した場所に立ち寄ると、「疵は大事か」と訊ねましたが、返事はありませんでした。祐親は祐泰に体を少し動かして、矢を荒く抜くと、祐泰はますます前後不覚となりました。
(続く)