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「曽我物語」河津が討たれし事(その6)

伊東、涙を抑へてまうしけるは、「未練なり。なんぢ、仇は思えずや」と言ふ。「工藤一臈こそ、意趣ある者にてさうらへ。それに、只今、大見おほみ八幡やはたこそ見え候ひつれ。怪しく思え候ふ。従ひ候ひては、祐経すけつね在京ざいきやうして、公方くばう御意ぎよい盛りに候ふなる。しかれば、殿の御行方ゆくへいかがと、黄泉よみぢさはりともなりぬべし。面々頼み奉る。をさない者までも」と言ひも敢へず、奥野の露と消えにけり。無慙なりける有様かな、まうす量りぞなかりける。伊東は、余りの悲しさに、しばしば、膝を下ろさずして、かほに顔を差し当て、くどきけるこそあはれなれ。「や、殿、聞け、河津かはづ。頼む方なき祐親すけちかを捨てて、いづくへ行き給ふぞ。祐親をも連れて行き候へ。母や子どもをば、たれあづけて行き給ふ。情けなの有様や」と歎きければ、土肥とひ次郎じらうも、河津かはづが手を取り、「実平さねひらも、子とては遠平とほひらばかりなり。御身を持ちてこそ、月日の如く頼もしかりつるに、斯様かやうに成り行き給ふ事よ」と、泣き悲しむ事限りなし。国々の人々も同じく一つ所に集まりて、袖をぞ濡らしけり。




伊東(伊東祐親すけちか)が、涙を抑えて申すには、「無念ぞ。お前よ、敵に覚えはあるか」と訊ねました。「工藤一臈(工藤祐経すけつね)こそ、意趣([恨みを含むこと])ある者です。それに、先ほど、大見(大見成家なりいへ)と八幡(八幡行氏ゆきうぢ)の姿が見えました。怪しく思われます。祐経の家来どもですが、当の祐経は在京して、公方([朝廷])に重用されておるとか。もしそうならば、殿(祐親)の行く末もどうなることかと思えば、黄泉([冥土])への妨げにもなりましょう。面々くれぐれも頼み申す。幼い我が子のことも」と言い敢えず、奥野の露と消えました。何ともいたましいことでした、申す言葉もありませんでした。伊東(祐親)は、あまりの悲しさに、しばし、膝も下ろさず、顔に顔を差し当て、何度も呼びかけましたが哀れなことでした。「や、殿、聞こえるか、河津(河津祐泰すけやす)よ。頼りにする者もないこの祐親を捨てて、どこへ行こうとしておるのだ。この祐親も連れて行かぬか。母や子どもを、誰に預けて行くのだ。情けないぞ」と嘆くと、土肥次郎(土肥実平さねひら)も、河津(祐泰)の手を取り、「この実平も、子は遠平(土肥遠平)ばかりよ。遠平がおればこそ、月日の如く頼もしく思っておる、このようなことがあってなるものか」と、泣き悲しむこと限りありませんでした。国々の人々も同じ一つ所に集まって、袖を濡らしました。


続く


by santalab | 2015-04-30 16:17 | 曽我物語

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