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「曽我物語」勘当許す事(その9)

かくて出でけるが、「いざや、今一度、母を見奉らん」とて、暇乞いとまごひにぞ出でける。母のたまひけるは、「構へて、人といさかひし給ふな。世にある人は、貧なる者をば、をこがましく思ひあなづるべし。然様さやうなりとも、とがむべからず。三浦・土肥とひの人々は、然様さやうにはあらじ。その人々に交はり、ありき給へ。心のはやるままに、人のあひ付けたる鹿しし、射給ふべからず。公方くばうの御許しもなきに、弓矢持たずとも、出で給ふべし。謀反の者のすゑとて、咎めらるる事もやあらん。如何にも、理過ことすごし給ふな。年来、憎まれずしてやうぜられたる曽我殿に、大事掛けて、恨み受け給ふな」と、細々とぞをしへける。五朗ごらうは、聞きても色に出ださず、十郎じふらうは、斯様かやうの教へも、今を限りと思ひ、心の色のあらはれて、涙ぐみければ、急ぎ座敷を立ちにけり。




こうして宿所を出ましたが、「どうだ、もう一度、母に会って行こう」と申して、別れを申しに訪ねました。母が申すには、「よいですか、他人と争ってはなりませんよ。世にある人は、貧しい者を、愚かな者と軽蔑するものです。そういうことがあっても、言い答えしてはなりません。三浦・土肥の人々は、そんなことはしません。その人々と一緒に、いなさい。心が逸っても、他人が追う鹿を、射てはなりません。公方(お上)のお許しがなくて、弓矢を持たずとも、狩りに出なさい。謀反の者の子孫だからと、非難されることもあるでしょう。いいですか、出すぎたことは止めなさい。年来、憎むことなく育ててくれた曽我殿(曽我祐信すけのぶ)の、事を思って、恨まれることのないように」と、細々と教え諭しました。五朗(曽我時致ときむね)は、これを聞いて顔色に出さず、十郎(曽我祐成すけなり)は、このような母の教えも、今を限りと思い、心の色が顕れて、涙ぐみ、急ぎ座敷を立ちました。


続く


by santalab | 2015-05-01 18:03 | 曽我物語

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