別当聞き給ひ、「祈祷は頼もしく思ひ給へ。千騎万騎の方人と思し召せとて、酒取り出だして、三三九度勧め給ひつつ、「何を以つてか、方々の門出祝はん」とて、鞘巻一腰取り出だし、十郎に引かれけり。「この刀と申すは、木曽義仲の三代相伝とて、三つの宝あり。第一に、竜王作の長刀、第二に、雲落としと言ふ太刀、第三に、この刀なり。名をば微塵と言ふ。通らぬ物なければなり。しかれば、この三つの宝を秘蔵して持たれたり。御子清水御曹司、鎌倉殿の婿になり給ひて、国の大将軍賜はりて、海道を攻め上り給ひ候ふ由聞こえければ、かの宝を祈りの為とて、この御山へ参らせらる。宝殿の事は、一向別当の計らひたるに依りて、これを御分に奉る。高名し給へ」とて、引かれけり。
別当(行実僧正)はこれを聞き、「祈祷を頼もしく思われよ。千騎万騎の方人([味方])と思えばよいと申して、酒を取り出して、三三九度勧めて、「何をもって、方々の門出を祝うべき」と申して、鞘巻([腰刀の一。鞘に葛藤のつるなどを巻きつけたもの。中世には、その形の刻み目をつけた漆塗りとなる])を一腰取り出し、十郎(曽我祐成)に与えました。「この刀は、木曽義仲の三代相伝に、三つの宝があった。第一に、竜王作の長刀、第二に、雲落としと言う太刀、第三に、この刀じゃ。名を微塵と言う。通らぬ物はない故じゃ。義仲は、この三つの宝を秘蔵して持っておった。子の清水御曹司(木曽義高)が、鎌倉殿(源頼朝)の婿となって、国の大将軍賜わり、海道(東海道)を攻め上ると聞こえて、かの宝を祈りのために、このお山に参らせたのじゃ。宝殿のことは、すべて別当に任されておる、これをお主に与えよう。高名されよ」と申して、与えました。
(続く)