Santa Lab's Blog


「曽我物語」玄宗皇帝の事(その1)

しかれば、飽かぬ北の御方の御名残りは、玄宗げんそう皇帝くわうてい楊貴妃やうきひまうせし后、安禄山あんろくざんいくさの為に、えびすに下し給ふ。御思ひの余りに、しよく方士はうじを遣はし給ふ。方士神通にて、一天三千世界をたづまはり、太真たいしんゑんに至る。蓬莱宮ほうらいきゆうこれなり。ここに来たつて、玉妃に会ひぬ。この所に至りて見れば、浮雲ふうん重なり、人跡じんせきの通ふべき所ならねば、かんざしを抜きて、とぼそを叩く。双鬟さうくわん童女どうによ二人出でて、「しばらくこれに待ち給へ。玉妃は、大殿籠おとのごもれり。ただし、いづくより、如何なる人ぞ」と問ふ。「唐の太子の使ひ、蜀の方士」と答へければ、内に入りぬ。




その後、飽きることない北の方の名残りは、玄宗皇帝(唐の第九代皇帝)が、楊貴妃と申した后を、安禄山の戦(安史の乱)のために、夷に下すこととなりました(玄宗たちが避難したのは、蜀=四川省)。玄宗は悲しみのあまりに、蜀の方士([中国古代の方術=仙人の使う霊妙な術。を行なった人])を遣わせました。方士は神通([どんなことも自由自在になし得る、計り知れない不思議な働き・力])で、一天三千世界([仏教の世界観による全宇宙のこと])を探し回り、太真えん(太真院)で楊貴妃を見付け出しました。蓬莱宮のことです。方士は蓬莱宮を訪ねて、玉妃(楊貴妃)に会いました。蓬莱宮を訪ねて見れば、浮雲重なり、人跡の通うべき所ではありませんでしたので、簪を抜いて、扉を叩きました。双鬟([あげまき=頭の左右に角のように束ねあげた子どもの髪])の童女が二人出て来て、「しばらくここでお待ちください。玉妃は、大殿籠り([眠ること])になっております。そうと、あなたはどちらよりいらっしゃいました、どのような方でございましょう」と訊ねました。「唐の太子の使いで、蜀の方士です」と答えると、中に入りました。


続く


[PR]
by santalab | 2015-05-23 06:51 | 曽我物語

<< 「曽我物語」犬房が事(その1)      「曽我物語」曽我へ文書きし事(... >>
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧