この次に、安房の国の住人安西の弥七郎と名乗りて、「敵はいづくにあるぞや」とて立ちける。十郎打ち向かひて、「人々、やさしく、おりてふかで、討ち死にしたるは見つらん。愚人は、銅を以つて鏡とす。君子は、友を以つて鏡とす。引くな」と言ひて、打ち合ひける。弥七も、然る者なり、「左右にや及ぶ」と言ひも敢へず、飛んで掛かる。十郎、足を踏み違へ、側目に懸けて、ちやうど打つ。肩先より高紐の外れへ、切つ先を打ち込まれ、引き退くとは見えしかど、それも、その夜に死ににけり。
この次に、安房国の住人安西弥七郎と名乗って、「敵はどこにおるのじゃ」と言って出て行きました。十郎(曽我祐成)は打ち向かい、「人々よ、確かに、おりてふかで(面も振らず)戦って、討ち死にした者を見ただろう。愚人は、銅を鏡とする。君子は、友を鏡とするものぞ。逃げるな」と申して、打ち合いました。弥七郎も、剛の者でしたので、「申すまでもない」と言いも敢えず、飛んで掛かりました。十郎(祐成)は、足を踏み違え、横目で見て、打ちました。弥七郎は肩先より高紐([鎧の後ろ側の胴の肩のひも])の外れへ、切つ先を打ち込まれ、引き退くように見えましたが、それも、その夜に死にました。
(続く)