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Santa Lab's Blog


「曽我物語」鬼王・道三郎帰りし事(その5)

「既に明け方近く成るものを、急げや、なんぢら、早くも行け」と、重ね重ね責めければ、二人の者ども言ひ兼ねて、「御供まうすべき命、いづくも同じつひの住みか、後れ先立つ道芝の、変はらぬ露の濡れ衣、払ひて、御供申さん」とて、二人が袖を引き違へ、既に刀を抜かんとす。時致、早くも座敷を立ち、二人が間に押し入りて、涙とともに言ひけるは、「まことになんぢらが心ざし切なり。然りとはいへども、我ら、これほどに、篇目へんもくを立てて、制するを聞かで、狼藉らうぜきを致すものならば、浅間せんげん大菩薩も御覧ぜよ、未来永劫えいごふ不孝ふけうすべし。我らに命を捨つると言ふとも、故郷こきやうへ形見を付けずは、永く心ざしに受くべからず。この上は、制するに及ばず」と、荒らかにこそ語りけれ。飽かぬは君のおほせなり。次第の形見を賜はりて、曽我へとてこそかへりけれ。互ひの心の内、さこそは悲しからめと、思ひ遣られてあはれなり。




「すでに明け方近くになる、急げ、お前たちよ、早く行け」と、重ねて責めたので、二人の者たち(鬼王・道三郎)も言葉を失くして、「お供申すべき命、いずれ同じことならば、後れ先立つことになるとも同じ道芝([雑草])の、露の濡れ衣を、払いつつ、お供いたしましょう」とて、二人に袖を引き違え、刀を抜こうとしました。時致は、とっさに座敷を立ち、二人の間に押し入り、涙とともに申すには、「まことお前たちの心ざしは申すに及ばぬ。とは申せ、我らが、これほどまで、篇目(道理)を立てて、申すのを聞かず、狼藉を致すならば、浅間大菩薩(富士山麓の大宮、村山、河口、吉田、須走の浅間神社の祭神)もご覧なされよ、未来永劫不孝([勘当])するぞ。我らに命を捨てるとも、故郷に形見を届けなくては、永久に心ざしを受け止めることはない。この上は、勝手にするがよい」と、声を荒げて申しました。言葉はありませんでした。各々の形見を携えて、二人は曽我へ帰りました。互いの心の内、それこそ悲しいことと、思い遣られて哀れでした。


続く


by santalab | 2015-06-02 18:04 | 曽我物語

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