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「曽我物語」母の勘当蒙る事(その4)

一人の子は、父死して後、生まれしかば、捨てんとせしを、叔父をぢ伊東の九郎が養育やういくせしが、それも平家へまゐり給ひて後は思ひ掛けざる武蔵のかみ義信よしのぶ、取りて養育やういくして、今は、越後ゑちごの国の国上くがみと言ふ山寺にありと聞けども、父をも見ず、母にも親しまねば、思ひ出だして、一返の念仏をまうす事もあらじ。それはただ他人の如し。かの子をこそ法師ほふしになして、父の孝養けうやうをもさせんと思ひしに、斯様かやうに成り行く事の悲しさよ。しかも、忘るる事はなけれども、心ならずに、忍びてこそ過ごせ、今は、たれにか、後の世をも問はるべき。あはれ、斯かる憂き身のしやうを変ゆるならば、昔よりなどやなかるらん。それ、『良薬らうやくは口に苦くして、しかも病ひに利あり。忠言は耳に逆ひて、しかもかうを利せり』とまうす言葉のあるなるぞ。よくよく案じても見給へ」と、泣く泣くくどきければ、




一人の子は、父(河津祐泰すけやす)が亡くなった後に、生まれました、捨てようとしましたが、叔父の伊東九郎(伊東九郎祐清すけきよ)が養育して、伊東九郎が平家に参った後は思いもかけず武蔵守義信(平賀義信=源義信 )が、子にして養育して、今は、越後国の国上と言う山寺(現新潟県燕市にある寺)にいると聞いていますが、父も見ず、母にも親しんでおりません、思い出して、一返の念仏を唱えることもないでしょう。ただ他人のようなものです。この子をこそ法師になして、父の孝養をさせようと思っていましたのに、男になるとは悲しくて仕方ありません。しかも、(祐泰を)忘れることはないものの、心ならずも、世に忍んで過ごして来たのです、今となっては、誰が、後世を託せばよいものか。ああ、この憂き身の生を変えることができたなら、昔に戻りたいものです。それ、『良薬は口に苦いものですが、しかし病いに効く。忠言は耳がいたいものですが、しかし行いを正す』と申す言葉があります。よくよく考えなさい」と、泣く泣く申しました、


続く


by santalab | 2015-06-13 10:46 | 曽我物語

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