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Santa Lab's Blog


「曽我物語」五朗が情け懸けし女出家の事(その1)

貞女ていぢよ両夫りやうふに見えずとは、このをんなの事なり。「如何なる貞女か、二人の夫に見えし、如何なる身にてか、引く手数多あまたに生まれつらん。さらぬだに、我ら風情の者は、欲心に住まひすると、言ひ習はせり。『士は己を知る者の為に、かたちを繕ふ』と、文選もんぜんの言葉なるをや。我また、甲斐甲斐かひがひしくなければ、景季かげすゑがまことの妻女さいぢよに成るべき身にてもなし、来世こそつひの住みかなれ。そのうへ、歌には、神も仏も納受なふじゆし、慈悲を垂れ給ふ。然れば、花に鳴く鴬、みづに住むかはづだにも、歌をば詠むぞかし。いはんや、人として、如何でかこれを恥ぢざるべき」とて、この歌を詠みて、

数ならぬ 心の山の 高ければ 奥の深きを 尋ねこそ入れ

捨つる身に なほ思ひ出でと 成るものは 問ふに問はれぬ 情けなりけり




貞女両夫に見えずとは、この女のことでした。「貞女は、二人の夫に見えないものですが、どうしてこのわたしが、引く手数多の身として生まれたのでしょう。言うまでもなく、我ら風情の者は、欲心から離れなれないものだと、聞きます。『武士は己を知る者に命をかけ、女は言い寄る者のために外見を繕う』とは、文選([中国の六朝の梁代に編まれた詞華集])の言葉でしたか。わたしもまた、景季(梶原景季)を頼りにしているわけではありません。景季の妻になれる身でもなし、来世([死後、生まれかわって住む世])こそが終の住みか([最後に安住する所])となるでしょう。その上、歌には、神も仏も納受([神仏などが人の願いを聞き入れること])し、慈悲を垂れてくださいます。だからこそ、花に鳴く鴬、水に住む蛙でさえも、歌を詠むのです。申すまでもなく、人として、どうして恥じることがありましょう」と、この歌を詠みました、

数ならぬ我が身ですが、心ざしは山のように高く、奥山深く悟りを求めて入ることにいたしましょう。

憂き世を捨てる我が身の思い出となるものは、訊ねたくても叶わない、あの人の情けなのです。


続く


by santalab | 2015-06-18 12:20 | 曽我物語

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