大夫種喜びて、兜を脱ぎ、旗を巻き、会稽山より下り、「越王の勢、既に尽きて、呉の軍門に下る」と呼ばはりければ、呉の兵三十万騎、勝ち鬨を作りて、万歳の喜びをぞ唱へける。大夫種は、即ち、近衛門に入りて、「慎んで、呉上将軍のけしゆつことに属す」と言ひて、膝行頓首して、太宰喜否が前にひざまづく。太宰喜否哀れに思ひ、顔色解けて、「越王の命をば申し宥むべし」とて、大夫種を連れて、呉王の陣に渡り、この由かくと言ふ。
大夫種はよろこんで、兜を脱ぎ、旗を巻いて、会稽山より下り、「越王(勾踐)の勢は、すでに尽き、呉の軍門に下る」と大声で叫ぶと、呉の兵三十万騎は、勝ち鬨を上げて、万歳([いつまでも生きること、栄えること。めでたいこと])をよろこび合いました。大夫種は、すぐに、近衛門に入り、「慎んで、呉上将軍のけしゆつこと(下執事)に属す」と申して、膝行([神前や貴人の前で、ひざまずいて進退すること])頓首([古く中国の礼式で、頭を地につくように下げてうやうやしく礼をするもの])して、太宰喜否の前にひざまずきました。太宰喜否は哀れに思い、顔色を和らげて、「越王(勾踐)の命を救うよう申し上げよう」と申して、大夫種を連れて、呉王(夫差)の陣に渡り、これを申し上げました。
(続く)