この心にて、古きを思へば、昔、大国に、楚しやう大王あり。后数多持ち給ふ中に、とうやう夫人と申す后、御身つねづね劣りければ、鉄の柱に睦れつつ、御身を冷やしけるが、ほどなく、懐妊し給ひける。大王聞き給へて、位を譲るべき王子もなかりつるに、誕生成り給はん事よと、喜び給ひけれども、三年まで、生まれ給はず。大王、不思議に思し召し、博士を召し、御尋ねありければ、「まことに、君の御宝を生み給ふべし。さりながら、人にてはあるべからず」と申す。「何物なるべき」と、覚束無くて待ち給ふところに、博士の申す如く、人にてはあらで、鉄の丸かせを生み給ひけり。大王これを取り、莫邪を召し、剣に作らせ給ひければ、光世に越え、験あらたなる名剣にてありける。大王賞玩し、昼夜身を離し給ふ事なし。
筥王の気持ちを、古きに尋ねれば、昔、大国に、楚しやう大王(楚商大王?)がいました。后は数多くいましたがその中に、とうやう夫人と申す后は、姿かたちが劣っていたので、いつも鉄の柱を抱いて、身を冷やしていましたが、ほどなく、懐妊しました。大王は聞いて、位を譲る皇子はいませんでしたので、誕生するかと、喜びましたが、三年たっても、生まれませんでした。大王は、不思議に思い、博士を召し、訊ねると、「まことに、君の宝をお生みになられます。けれども、人ではございません」と申しました。「何物であろうか」と、不安に思いながら待っていましたが、博士が申した通り、人ではなく、鉄の丸かせ([丸かし]=[塊])を生みました。大王はこれを受け取ると、莫邪(鍛冶の名)を召し、剣を作らせました、その輝きは世に越え、霊験あらたかな名剣でした。大王は賞玩([大切にすること])し、昼夜身を離すことはありませんでした。
(続く)