十郎、少しも騒がず、しづしづと立ち帰り、「これは、更に苦しからぬ者にて候ふ。庁南殿より北条殿へ、大事の御物の具の候ふ、取りに参り候ふが、夜深かに候ふ間、人を連れて候へば、若き者にて、酒に酔ひ候ひて、雑言申し候ふ。ただ某に御免候へ」と、打ち笑ひてぞ言ひたりける。御免と言ふに、勝つに乗り、「然ればこそとよ、不審なり。その儀ならば、事安し。庁南殿へ尋ね申すべし。そのほど待ち給へ」とぞ怒りける。
十郎(曽我祐成)は、まったくあわてることなく、ゆっくり立ち返ると、「我らは、まったく怪しい者ではございません。庁南殿(長南重常?)より北条殿(北条時政)へ、大事の物の具([武具])がございまして、取りに参りましたところ、夜深かのことでございますので、人を連れて参りましたが、若者故、酒に酔って、雑言([いろいろな悪口やでたらめな言い掛かり])を申したのです。わたしに免じてお許しください」と、打ち笑って申しました。警固の者どもはご免と言われて、勢い付いて、「そうかそうか、やはり怪しいぞ。そういうことならば、事は簡単。然ればこそとよ、不審なり。庁南殿へ聞けば済むことよ。それまで待っておれ」と嚇しました。
(続く)