畠山の重忠、御前より帰られけるに、行き合ひたり。あはやと思ひ、松明の陰へぞ忍びける。雑色、燈火を振り立てて、「何者ぞ」と咎めにけり。重忠聞きて、「咎めず供の者ぞ」とのたまへば、物をも言はで、過ぎにけり。姿ばかりにて、見知り給ひつると、後には思ひ知られける。重忠、この人々の館へ消息あり。「御心ざしども、哀れに思え候ふ。わざと詳しくは申さず候ふ。後楯にはなり申すべし。御用意こそ候ふらめ」とて、粮物少し送られけり。
畠山重忠が、御前より帰るところに、行き合いました。二人(曽我祐成・時致)はあわやと思ひ、松明の陰へ隠れました。雑色が、燈火を振り立てて、「何者ぞ」と咎めました。重忠はこれを聞いて、「咎めずともよい供の者ぞ」と申したので、物も言わず、通り過ぎました。姿ばかりで、二人と見知ったと、後に思い知られました。重忠から、この人々の館へ消息([文])がありました。「心ざし、哀れに思っております。詳しくは尋ね申しません。後楯になりましょう。用意が必要でしょう」と、粮物([食料])を少し送りました。
(続く)