ここに、五朗時致、曽我に居たりけるが、父の為に法華経読みて、本尊に向かひ、念誦しけるが、しきりに胸騒ぎしけり。心得ぬ今の胸騒ぎや、いかさま、祐成の大磯へ越し給ひぬるが、東国の武士、富士野へ打ち出づる折節なり。流れの遊君故、事し出だし給ふにやと、心許なく思ひければ、帳台に走り入り、緋威の腹巻取つて引き掛け、伊東重代の四尺六寸の赤銅作りの太刀、十文字に結び下げ、鞍置くべき暇なければ、膚背馬に打ち乗りて、二十余町のその程、ただ一馬場に駆け通し、門外を見渡せば、長者の門の辺、鞍置き、馬一二百匹引つ立てたり。侍所には、物の具の音しきりにして、只今、事出で来ぬとぞ見えける。入るべき所なくして、門の外を廻り、日来、祐成に行き連れて通りしかん小路に廻り、竹垣をくぐり、虎が居所にこそ着きにけれ。
その頃、五朗時致(曽我時致)は、曽我にいましたが、父(河津祐泰)のために法華経を読みながら、本尊に向かい、念誦していました、しきりに胸騒ぎがしました。どうしたことか今の胸騒ぎは、まさか、祐成(曽我祐成)が大磯に向かったが、東国の武士も、富士野へ打ち出る頃ぞ。流れの遊君([遊女])のことで、事が起こったのではあるまいかと、心配になって、帳台([寝所])に走り入り、緋威([緋色に染めた革や組紐などで威した鎧。])の腹巻([鎧])を取って引き掛け、伊東重代の四尺六寸の赤銅作りの太刀を、十文字に結び下げ、鞍を置く暇もなければ、膚背馬に打ち乗って、二十余町の間、ただ一馬場に駆けて、門外を見渡せば、長者の門の辺には、鞍を置いた、馬が二百匹引つ立ててありました。侍所([侍の詰所])には、物の具([武具])の音が絶え間なく聞こえ、只今、事が起こったと思えました。五朗(時致)は入る所なく、門の外を廻り、いつも、祐成とともに通るかん小路(間小路?)に廻り、竹垣をくぐり、虎御前の居場所に着きました。
(続く)