まことや、この者父河津の三郎は、東八箇国に聞こゆる俣野の五郎に、片手を放ちて、相撲に三番勝ちてこそ、大力の覚えは取りたりしが、その子なるをや、力比べは敵ふまじ、すかさんものをと打ち笑ひ、「これへこれへ」と請ずれば、「余りの辞退はいこく人、異体は御免候へ」と言ふ言ふ、座敷に出でけるが、持ちたる太刀と草摺にて、末座なる人々の首回り、側顔を打ちなぐり、差し越え差し越え行き過ぎて、朝比奈が下なる畳に直りける、座敷に余りて見えたり。朝比奈、急ぎ座敷を立ちて、義盛の前にありける盃を五朗が前にぞ置きたりける。
たしか、この者の父河津三郎(河津祐泰)は、東八箇国に聞こえる俣野五郎(俣野景久)に、片手を放って、相撲に三番勝って、大力の名を取った者、その子ならば、力比べは敵うまい。ここはおだてておこうと打ち笑い、「これへこれへ」と招きました、五朗(曽我時致)は「余りの辞退は無礼、異体([形や体裁が普通と違うこと])はご免くだされ」と言いながら、座敷に出ました、太刀を佩き草摺([甲冑の胴の裾に垂れ、下半身を防御する部分])姿のまま、末座の者の狭い所を、側顔([横顔])にぶつかりながら、差し越え差し越え過ぎて、朝比奈(朝比奈義秀)の下座の畳に座りました、座敷を圧倒しました、朝比奈(義秀)は、急ぎ座敷を立って、義盛(和田義盛。義秀の父)の前にあった盃を五朗(時致)の前に置きました。
(続く)