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「曽我物語」小二郎語らひ得ざる事(その8)

この頃は、昔の世にも似ず、平家の世には、伊豆いづ・駿河にて、敵討ちたる人も、武蔵・相模・安房あは上総かづさへも越えぬれば、日数積もり、年隔たりぬれば、さてのみこそあれ。当代たうだいには、いささかも悪事をする者は、蝦夷が千島へ至りても、そとが逃れず、また親しき者までも、その科逃れ難し。をんなとて、所にも置かれず。をさなければとて、助かることなし。斯様かやうに、さしも厳しき世の中に、如何で悪事を思ひ立ち給ふぞ。なんぢら十一・九になりし時、祖父おほぢ伊東の御敵とて、召し出だし、既に斬らるべかりしを、畠山殿、「自然の事あらば、かかりまうすべし」とて、あづかり申し、命どもを助けられしぞかし。数ならぬわらはが事は、さて置きぬ。重忠しげただの大事をば、いかがし給ふべき。わらはが生きたらんほどは、目を塞ぎ、はぢをも余所にしてましませ。心憂き目を見せ給ふな。殿ばら、今まであり付けざるこそ、心にかかりさうらへども、何事も思ふやうにあらねばぞとよ。わらはが身にては、憚りあれども、をとこは、思はしきものにだにあへば、然様さやうに詮なき心は失するぞや。




今は、昔とは違います、平家の世には、伊豆・駿河で、敵を討った人も、武蔵・相模・安房・上総へ越えて、日数積もり、年も隔たり、助かることもできました。当代では、些細な悪事をする者は、蝦夷の千島へ逃げたところで、その科を逃れることはなく、また親しい者までも、その科を逃れることはありません。女とて、無事では済まされません。幼い者であっても、助かることはありません。このように、たいそう厳しい世の中で、どうして悪事など思い立ったのです。そなたたちが十一・九つの時、祖父(伊東祐親すけちか)伊東(伊東祐清すけきよ。伊東祐親すけちかの次男)は敵となり、召し出され、すでに斬られるところを、畠山殿(畠山重忠しげただ)が、「戦になれば、わたしが討ちます」と、預かり申し、命を助けられたのです。数ならぬわたしのことは、どうでもよろしい。重忠のことを、どう思っていますか。わたしが生きている間は、目を塞ぎ、恥はわたしの知らぬ所でなさい。悲しい目を見せないでおくれ。殿たちよ、今まで人として世に出られぬことを、気にかけていましたが、何事も思うようにはいかないものです。女であるわたしが申すのも、憚られますが、男は、思う女があれば、そのような心をも失うものです。


続く


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by santalab | 2015-07-28 08:35 | 曽我物語

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