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「曽我物語」館回りの事(その3)

嫡子犬房いぬばうに酌取らせ、酒盛りしける折節をりふしなり。幾程の栄華えいぐわなるべき、今宵こよひの夜半に引き替へん事の無慙さよと思ひながら、座敷にぞなほりける。
祐経すけつね敷皮しきがはを去りて、「これへ」と言ふ。十郎じふらう、「かくてさうらはん」とて、押し退けたり。祐経が初対面の言葉ぞこはかりける。「まことや、殿ばらは、祐経をかたきとのたまふなる。努々ゆめゆめ用ひ給ふべからず。人の讒言なりと思えたり。差し当たる道理だうりに任せて、人のまうすもことわりなり。伊東は、嫡々なるあひだ、祐経こそ持つべき所を、面々祖父おほぢ伊東殿横領わうりやうし、一所をも分けられざりしかば、一旦は恨むべかりしを、第一養父やうぶなり、第二に叔父をぢなり、第三に烏帽子親なり、第四にしうとなり、第五に一族の中の老者おとななり、一方ひとかたならざるに依りて、こらへて過ぎしに、これはただ、『高きに臨み上らざれ、賎しきをそしり笑はざれ』と言ふ本文ほんもんを捨てて、我らを員外いんぐわいに思ひ給ふゆゑなり。




嫡子犬房に酌をさせ、酒盛りの最中でした。いかほどの栄華であろうか、今宵の夜半には引き替えることになる憐れさよと思いながら、座敷に着きました。祐経(工藤祐経)は、敷皮([毛皮の敷物])を退けて、「これへ」と勧めました。十郎(曽我祐成すけなり)は、「このままで結構です」と申して、押し退けました。祐経の初対面の言葉は無遠慮でした。「まことか、殿たちは、この祐経を敵と申していると聞く。わしはまったく信じておらぬが。人の讒言と思うておる。差し当たる道理を思えば、人が申すのも当然のこと。伊東(伊東庄。現静岡県伊東市)は、嫡々相伝の所、この祐経が所有すべき所を、面々の祖父伊東殿(伊東祐親すけちか)が横領し、一所をも分けられることなく、一旦は恨みに思うたが、第一養父であり、第二に叔父であり、第三に烏帽子親であり、第四に舅(祐経の妻は、伊東祐親の娘、万劫御前)であり、第五に一族の中の老者であり、どれもおろそかにはできぬこと、堪えて来たのだ、これはつまり、『高山に臨んで上ること叶わなくとも、賎しきを誹り笑われぬよう』と言う本文を捨てて、我らを員外([定められた数に入らないこと])に思っておったからであろう。


続く


by santalab | 2015-07-29 23:18 | 曽我物語

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