御葬送の夜、物思えず惑ひ合ひたる心にも、賢しらに、上、
うつせみの からを頼むに あらねども またこはいかに 別れはつらん
といみじう思し惑はる。そのおはしましける御帳の内に蜘蛛の巣を掻きたりければ、
別れにし 人はくべくも あらなくに いかにふるまふ ささがにぞこは
御返し、宰相の君、
君くべき ふるまひならぬ ささがには かきのみたゆる 心地こそすれ
葬送の夜、女房どもが物も思えず途方にくれる中に、気丈にも、上(源師房の娘、源妧子)は、
この世を去った人を頼むことはできませんが、あまりにも突然のことに、あの人が亡くなったことがまだ信じられなくて。
と心の整理がつかないようでした。大将殿(藤原
通房。藤原
頼通の長男)の部屋の帳の内に、蜘蛛の巣がありました、
この世を去った人が再び帰ってくる(来べく)ことはありませんのに、何を思ってささがに([蜘蛛])は巣を張るのでしょう。
返し、宰相の君、
君(藤原通房)が戻ってこないと知った時、ささがに([蜘蛛])の心もきっと糸が切れたような気持ちになることでしょう。
(続く)