ここに、葛西の六郎清重、日の暮れ方に至るまで、鹿一頭も留めずして、勢子に漏るる鹿もやと、茂み茂みに、目を懸けて回りける折節、弓手の茂みより、鹿一頭出で来たる。願ふところと見渡せば、矢頃に少し延びたり。鐙に鞭を打ち添へて、下り様にぞ落としける。既に二三段切り違へて、弓打ち上げて、引かんとするところに、思はぬ岩石に馬を乗り掛けて、四足一つに立て兼ねて、わななきてこそ立ちたりけり。下ろすべき様もなく、また上すべき所もなく、進退ここに極まれり。
ここに、葛西六郎清重(葛西清重。ただし清重の別名は三郎)は、日の暮れ方に至るまで、鹿を一頭も仕留めることはできず、勢子([狩猟の場で、鳥獣を追い出したり、他へ逃げるのを防いだりする役目の者人])から逃れた鹿もあるかと、繁み繁みに、目を懸けて駆け回っていましたが、弓手([左])の茂みより、鹿が一頭出て来ました。願うところと目を遣れば、矢頃に少し離れていました。鐙に鞭を打ち添えて、下りに鹿を追いました。二三度追いかけ、弓を上げて、矢を引こうとした時、思わずも崖に行き着きました、馬は足を止めて、わなないて跳ね上がりました。下りる足場もなく、また馬を戻すこともできませんでした、進退ここに極まりました。
(続く)