重保、堪らぬ男にて、「一人に帰すか、帰せざるか、手並みのほどを見せん」とて、既に矢をこそ抜き出だす。源太も、白まぬ者なれば、「案の内よ」と言ふままに、既に中差し抜き出だす。梶原が郎等は言ふに及ばず、時の綺羅並ぶ物なかりしかば、知るも知らぬも押し並べて、梶原方へぞ馳せ寄りける。三浦の人々も、これを見て、源太に意趣ある上は、秩父方へは所縁なり、見放すまじとて、馳せ寄りける。
重保(畠山重保)は、堪えぬ男でしたので、「わし一人が勘違いしておるのか、そうでないのか、手並みのほどを見せてやろうぞ」と言って、すでに矢を取り出しました。源太(梶原景季)も、怖気付くような者ではありませんでしたので、「望むところよ」と言うままに、中差し([征矢])を抜き出しました。梶原(景季)の郎等([けらい])は言うに及ばず、時の綺羅([栄華をきわめること。権勢の盛んなこと])並ぶ者はなく、知る者そうでない者も押し並べて、梶原方へ馳せ寄りました。三浦の人々も、これを見て、源太に意趣([恨みを含むこと])があったので、秩父方(畠山氏は秩父氏の流れ)とは所縁がある、見放すことはできないと、馳せ寄りました。
(続く)