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「増鏡」草枕(その20)

その後も、折々をりをりは聞こえ動かし給へど、差しへてあるべき御事ならねば、いと間遠まどほにのみなん。「まくる習ひ」まではあらずやおはしましけん。浅ましとのみ尽きせず思し渡るに、西園寺さいをんじの大納言、忍びてまゐり給ひけるを、人柄も忠実忠実まめまめしく、いと懇ろに思ひ聞こえ給へれば、御母代ははしろの人なども、いかがはせんにて、やうやう頼み交はし給へば、ある夕つ方、「内より罷でんついでに、また必ずまゐり来ん」と頼め聞こえ給へりければ、その心してたれも待ち給ふほどに、二条の師忠もろただ大臣おとど、いと忍びてありき給ふ道に、かの大納言、扈従こせうなど数多あまたして、いときらきらしげにて行き合ひ給へれば、むつかしと思して、この斎宮の御門開きたりけるに、女宮の御許なれば、事々しかるべき事もなしと思して、しばし、かの大納言の車遣り過ごしてんに出でんよと思して、門の下に遣り寄せて、大臣、烏帽子直衣なほしのなよらかなるにて降り給ひぬ。




その後も、折に付け文などございましたが、取り立ててどうこうということでもございませんでしたので、やがて途絶えました。「まくる習ひ」(『 恨みても なほ慕ふかな 恋しさの つらさにまくる 習ひなければ』=『恨んでみても、なおあなたのことを恋しく思う。これほど恋がつらいものだと思ったことはないほどに。』)ほどではなかったということでございましょうか。一方斎宮(第八十八代後嵯峨天皇の第二皇女、愷子やすこ内親王)は尽きせず浅ましことと思われているほどに、西園寺大納言(西園寺実兼さねかね)が、忍んで訪ね来るようになりました、人柄も誠実で、とても大事にすると申したので、母代([母に代わって世話をする人])の女房も、断る話ではないと、次第に頼みにするようになりました、ある夕方、「内裏からの帰りには、また必ず訪ねて参りましょう」と申したので、誰かれも待ち兼ねておりました、二条師忠大臣が、たいそう忍んで道行くほどに、かの大納言(実兼)が、扈従([貴人に供として付き従う者])を大勢連れて、厳かに通るところに出会いました、面倒に思いましたが、斎宮(第八十八代後嵯峨天皇の第二皇女、愷子やすこ内親王)の殿の門が開いていましたので、女宮(斎宮)の殿ならば、何事か起こることもなかろうと思い、しばらく留まり、大納言(実兼)の車を遣り過ごしてから出ようと、門の下に車を寄せて、大臣(師忠)は、烏帽子直衣をなよやかに着なして車から降りました。


続く


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by santalab | 2015-10-21 08:48 | 増鏡

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