時致、これを聞きて、「哀れ、源太、我々をすかさんと思ひたる気色の差し現れたる奴かな。蛇は一寸を出だして、その大小を知り、人は一言を以つて、その賢愚を知る。狐の子は、子狐より、父が孫を継ぎて、この冠者が面の白さよ。いつの奉公に依りてか、御気色もよかるべき。定めて、御寮の仰せには、その冠者ばらは、誰が許して、狩場へは出でけるぞ。よくよくすかし置きて、首を斬れとの御諚か、流罪せよとの仰せにてぞあるらん。実にや、古き言葉を案ずるに、国の賢を以つて興し、へつらひを以つて衰ふ。君は忠もて安じ、偽りを以つて危ふし。人は、巧みにして偽らむよりも、拙うして誠あるにはしかず。この者の振る舞ひ・言葉、世の煩ひともなりぬべし。その上、奉公申すべき為ならず。哀れ、身に思ひだになかりせば、この冠者が面、一太刀斬つて慰まんずるものを」とぞ申しける。
時致(北条時致)は、これを聞き、「何という奴だろう、源太(梶原景季)は、我々を騙そうとしておる。蛇は一寸を出だして、その大小を知り、人は一言を以って、その賢愚を知るという(蛇は一寸にしてその貌を知り、人はその一言にてその志を知らる=余計なことをして、思いもしない結果招くこと)。狐の子は、子狐より、父の孫([血筋])を継いで、この冠者(景季)の何とずる賢いことよ([狐の子は頰白]=[子が親に似ることのたとえ。])。いつの奉公によって、君(源頼朝)は気に入られておるのだろう。おそらく、御寮(頼朝)の仰せには、その冠者ども(曽我祐成・時致)は、誰が許して、狩場に出ておるのだ。うまく騙して、首を斬れとの御諚([命])か、流罪にせよとのことであろうよ。まこと、古い言葉を思えば、国は賢人の諌めによって栄え、媚びによって衰える。君は忠義があれば安泰し、讒言によって危うくす。人は、巧みに人を欺くよりも、ばか正直であるべきぞ。景季の振る舞い・讒言は、世の煩いともなるであろう。どうせ、奉公のためにしておるのではないであろう。ああ、願いさえなければ、この冠者(景季)の面を、一太刀に斬って気を晴らしたいものだが」と申しました。
(続く)