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「太平記」三宅・荻野謀反の付壬生地蔵の事(その3)

すでに明夜みやうや木幡峠こはたたうげに打ち寄せて、将軍・左兵衛さひやうゑかみ・高・上杉がたちへ、四手に分けて夜討ちに可寄と、相図あひづを定めたりける前の日、いかがして聞こへたりけん、時の所司代都筑つづき入道二百余騎にて夜討ちの手引きせんとて、究竟くつきやうの忍びどもが隠れ居たる四条しでう壬生みぶの宿へ未明びめいに押し寄する。立て篭もるところのつはものども、元来死生ししやう不知の者どもなりければ、家の上へわしり上がり、矢種やだねのあるほど射尽くして後、皆腹掻き破つて死にけり。これを聞いて、処々に隠れ居たる与党よたうの謀反人どもも皆散ち散りに成りければ、高徳たかのりが支度相違さうゐして、大将義治よしはる相共あひともに、信濃の国へぞ落ち行きける。




すでに明夜([明日の夜])には木幡峠(現京都市伏見区)に打ち寄せて、将軍(足利尊氏)・左兵衛督(足利直義ただよし。足利尊氏の弟)・高(高師直もろなほ師泰もろやす重茂しげもち)・上杉(上杉頼成よりなり)の館へ、四手に分けて夜討ちに寄せると、取り決めた前の日、どうして知れたか、時の所司代都筑入道が二百余騎で夜討ちの者どもを捕らえようと、究竟の忍びどもが隠れていた四条壬生の宿所に未明に押し寄せました。立て籠もっていた兵どもは、元より命知らずの者どもでしたので、家の上へ走りあがると、矢種の限り射尽して、皆腹を切って死にました。これを聞いて隠れていた与党の謀反人どもも皆散ち散りになり、高徳(児島高徳)の計略は頓挫して、大将義治(脇屋義治。脇屋義助よしすけの子)とともに、信濃国に落ちて行きました。


続く


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by santalab | 2015-12-02 17:55 | 太平記 | Comments(0)

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