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「太平記」大森彦七事(その14)

かくて夜少し深けて、有明の月中門に差し入りたるに、みすを高く捲き上げて、庭を見出だしたれば、空よりてまりの如くなる物光りて、くさむらの中へぞ落ちたりける何やらんとわしり出でて見れば、先に盛長もりながに推し砕かれたりつるかうべの半ば残りたるに、くだんの刀みづから抜けて、柄口まで突き貫かれてぞ落ちたりける。不思議なりと云ふも疎かなり。やがてこのこのかうべを取つて火に抛げ入れたれば、をどり出でけるを、金鋏かなはさみにて焼き砕いてぞ棄てたりける。事しづまつて後、盛長、「今は化け物よも不来と思ゆる。その故は楠木が相伴あひともなふ者と云ひしが我に来たる事すでに七度なり。これまでにてぞあらめ」とまうしければ、諸人、「げにもさ思ゆ」と同ずるを聞きて、虚空にしはがれ声にて、「よも七人には限り候はじ」と嘲笑うて謂ひければ、こはいかにと驚いて、諸人空を見上げたれば、庭なる鞠の懸かりに、眉太に作り、金黒かねくろなる女の首、おもて四五尺もあるらんと思えたるが、乱れ髪を振り挙げて目もあやに打ち笑うて、「恥づかしや」とて後ろ向きける。これを見る人あつとおびえて、同時にぞ皆たふれ伏しける。




こうして夜は少し更けて、有明の月が中門に差し入り、簾を高く巻き上げて、庭を眺めていると、空から手毬のような物が光りながら、草むらの中に落ちました。何かと走り出て見れば、先ほど盛長(大森盛長)に押しつぶされた首の残った半分に、件の刀が自然と抜けて、柄口まで突き貫かれたものが落ちていました。不思議と言うも愚かなことでした。すぐにこの首を取って火に投げ入れると、跳り出たので、金鋏で焼き砕いて棄てました。事がおさまって後、盛長は、「もう化け物はやって来るまい。その訳は楠木(楠木正成)に相伴う者が来ることすでに七度よ。もう残る者はおるまい」と申せば、諸人も、「たしかに」と同ずるを聞いて、虚空よりしわがれ声がして、「七人には限るまいぞ」とあざ笑う声が聞こえたので、これはどうしたことかと驚いて、諸人が空を見上げると、庭の鞠の懸かり([蹴鞠をする場所。また、その四隅に植えてある桜 ・柳・かえで・松の四本の木])に、眉太く作り、お歯黒の女の首、面四五尺もあろうと思われて、乱れ髪を振り上げた目もあやなる([まばゆいほど美しいさま])ものが微笑みながら、「恥ずかしや」と言って後ろを向きました。これを見る人はあっと驚いて、同時に卒倒してしました。


続く


by santalab | 2015-12-19 08:52 | 太平記

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