かくて夜少し深けて、有明の月中門に差し入りたるに、簾を高く捲き上げて、庭を見出だしたれば、空より毬の如くなる物光りて、叢の中へぞ落ちたりける何やらんと走り出でて見れば、先に盛長に推し砕かれたりつる首の半ば残りたるに、件の刀自ら抜けて、柄口まで突き貫かれてぞ落ちたりける。不思議なりと云ふも疎かなり。やがてこの頭を取つて火に抛げ入れたれば、跳り出でけるを、金鋏にて焼き砕いてぞ棄てたりける。事静まつて後、盛長、「今は化け物よも不来と思ゆる。その故は楠木が相伴ふ者と云ひしが我に来たる事すでに七度なり。これまでにてぞあらめ」と申しければ、諸人、「げにもさ思ゆ」と同ずるを聞きて、虚空にしはがれ声にて、「よも七人には限り候はじ」と嘲笑うて謂ひければ、こはいかにと驚いて、諸人空を見上げたれば、庭なる鞠の懸かりに、眉太に作り、金黒なる女の首、面四五尺もあるらんと思えたるが、乱れ髪を振り挙げて目もあやに打ち笑うて、「恥づかしや」とて後ろ向きける。これを見る人あつと脅えて、同時にぞ皆倒れ伏しける。
こうして夜は少し更けて、有明の月が中門に差し入り、簾を高く巻き上げて、庭を眺めていると、空から手毬のような物が光りながら、草むらの中に落ちました。何かと走り出て見れば、先ほど盛長(大森盛長)に押しつぶされた首の残った半分に、件の刀が自然と抜けて、柄口まで突き貫かれたものが落ちていました。不思議と言うも愚かなことでした。すぐにこの首を取って火に投げ入れると、跳り出たので、金鋏で焼き砕いて棄てました。事がおさまって後、盛長は、「もう化け物はやって来るまい。その訳は楠木(楠木正成)に相伴う者が来ることすでに七度よ。もう残る者はおるまい」と申せば、諸人も、「たしかに」と同ずるを聞いて、虚空よりしわがれ声がして、「七人には限るまいぞ」とあざ笑う声が聞こえたので、これはどうしたことかと驚いて、諸人が空を見上げると、庭の鞠の懸かり([蹴鞠をする場所。また、その四隅に植えてある桜 ・柳・楓・松の四本の木])に、眉太く作り、お歯黒の女の首、面四五尺もあろうと思われて、乱れ髪を振り上げた目もあやなる([まばゆいほど美しいさま])ものが微笑みながら、「恥ずかしや」と言って後ろを向きました。これを見る人はあっと驚いて、同時に卒倒してしました。
(続く)