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「太平記」主上・上皇御沈落事(その2)

越後ゑちごかみ仲時なかとき北の方に向かつてのたまひけるは、「日来の間は、たとひ思の外に都を去る事ありとも、いづくまでも伴ひ申さんとこそ思ひつれども、敵東西に満ちて、道を塞ぎぬと聞こゆれば、心安く関東くわんとうまで落ち延びぬとも不覚。御事おこと女性にやしやうの身なれば苦しかるまじ。松寿まつじゆはいまだ幼稚なれば、敵たとひ見付けたりともが子ともよも知らじ。ただ今のほどに、夜に紛れて何方いづかたへも忍び出で給ひて、片辺土の方にも身を隠し、しばらく世の静まらんほどを待ち給ふべし。道のほど事故ことゆゑなく関東に着きなば、やがて御迎ひに人を可進す。もしまた我ら道にて被討ぬと聞き給はば、如何なる人にも相馴あひなれて、松寿を人と成し、心付きなば僧に成して、我が後世を問はせ給へ」と心細げに云ひ置いて、泪を流して立ち給ふ。




越後守仲時(北条仲時なかとき。鎌倉幕府最後の六波羅探題北方)が北の方に向かって申すには、「元より、たとえ思いのほか都を去ることあらば、どこまでも連れて参ろうと思っておったが、敵は東西に満ちて、道を塞いでおると聞いておる、何事もなく関東まで落ち延びることができるとも思えない。お前は女性の身であるから何事かあろうか。松寿はまだ幼い者であるから、敵に見付けられても誰の子とも知れぬであろう。今のうちに、夜に紛れてどこであろうと忍び都を出て、片辺土([片田舎])にも身を隠し、しばらく世が鎮まるまで待たれよ。道中事無事に関東に着いたなら、やがて迎えに人を遣らせよう。もしまたわたしが道で討たれたと聞いたなら、誰であろうが妻ともなり、松寿を人となし、物心が付く年にもなれば僧にならせて、わたしの後世を弔ってくれ」と心細げに言い置くと、涙を流して出こうとしました。


続く


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by santalab | 2015-12-22 08:33 | 太平記 | Comments(0)

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