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「太平記」主上・上皇御沈落事(その10)

六騎の兵、六方へ分かれて、逃ぐるを追ふ事各々数十町すじつちようなり。弥八余りに長追ひしたりけるほどに、野伏二十余人かへし合はせて、これを中に取り篭むる。しかれども弥八少しもひるまず、その中の棟梁とうりやうと見へたる敵に、馳せ並べてむずと組み、馬二疋があひだへどうど落ちて、四五丈許り高き片岸かたきしの上より、上に成り下に成りころびけるが、共に組みも放れずして深田の中へころび落ちにけり。中吉なかぎり下に成りてければ、挙げ様に一刀刺さんとて、腰刀をさぐりけるにころぶ時抜けてや失せたりけん、鞘許りあつて刀はなし。上なる敵、中吉が胸板の上に乗つ懸かつて、びんの髪を掴んで、首を掻かんとしけるところに、中吉刀加かたなぐはへに、敵の小腕をちやうとにぎりすくめて、「暫く聞き給へ、可申事あり。御辺今は我をな恐れ給ふそ、刀があらばこそ、刎ね返して勝負をもせめ。また続く御方なければ、落ち重なつて我を助くる人もあらじ。されば御辺の手に懸けて、首を取つて被出さたりとも、かつて実検にも及ぶまじ、高名かうみやうにも成るまじ。我は六波羅殿の御雑色おんざふしきに、六郎太郎と云ふ者にて候へば、見知りぬ人は候まじ。無用の下部の首取つて罪を作り給はんよりは、我が命を助けてび候へ、その悦びには六波羅殿の銭を隠して、六千貫被埋たる所を知つて候へば、手引きまうして御辺に所得せさせ奉らん」と云ひければ、まこととや思ひけん、抜いたる刀を鞘に差し、下なる中吉を引き起こして、命を助くるのみならず様々の引出物をし、酒なんどを勧めて、京へ連れて上りたれば、弥八六波羅の焼け跡へ行き、「まさしくここに被埋たりし物を、早や人が掘つて取りたりけるぞや。徳着け奉らんと思うたれば、耳のびくが薄くおはしけり」と欺いて、空笑ひしてこそ返しけれ。




六騎の兵は、六方へ分かれて、逃げる野伏どもを各々数十町追い駆けました。弥八はあまりに長追いしたので、野伏二十余人は引き返して、弥八を中に取り籠めました。けれども弥八は少しもひるむことなく、その中の棟梁と思える敵に、馳せ並べてむずと組み、馬二匹の間に落ちて、四五丈ばかりの高い片岸([一方が 険しいがけになっている所])の上より、上になり下になり転がり落ちて、共に組みも放れず深田の中へ転び落ちました。中吉が下になったので、振り上げ様に一刀刺そうと、腰刀を探りましたが転んだ時に抜けてなくしたか、鞘ばかりあって刀はありませんでした。上の敵は、中吉の胸板の上に乗っかかって、鬢の髪を掴んで、首を掻こうとしましたが、中吉刀が使えないように、敵の小腕([腕の、ひじより先の部分])を挟み付けて、「しばらく聞かれよ、申すことがある。心配はいらぬ、刀があれば、刎ね返して勝負をするところだが。また後に続く味方もいない、落ち重なって我を助ける者もいない。ならばお主の手にかけて、我が首を捕ったところで、実検([首実検]=[戦場で討ち取った敵の首を大将の前で面識者に見せ、その首の主を確認させたこと])にも及ばず、高名にもなるまい。我は六波羅殿(北条仲時なかとき。鎌倉幕府最後の六波羅探題北方)の雑色で、六郎太郎と言う者よ、見知った人はおるまい。つまらぬ下部の首を捕って罪を作るよりは、命を助けよ、その礼には六波羅殿が銭を隠して、六千貫埋めた所を知っておる、手引きしてお主に取らせよう」と言うと、本当と思ったか、抜いた刀を鞘に差し、下の中吉を引き起こして、命を助けるのみならず様々の引き出物をし、酒を勧めて、京に連れ立ち上りました、弥八は六波羅の焼け跡に連れて行き、「たしかにここに埋めたはずだが、早くも誰かが掘って盗んだか。お主に徳を付けてやろうと思ったのに、耳のびく([耳たぶ])が薄いお人よ」とだまして、空笑いして野伏を帰しました。


続く


by santalab | 2015-12-30 08:43 | 太平記

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