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「太平記」赤坂合戦の事付人見本間抜懸の事(その8)

また右の柱を見れば、

待てしばし 子を思ふ闇に 迷ふらん 六つのちまたの 道しるべせん

と書いて、「相摸の国の住人ぢゆうにん本間九郎資貞すけさだが嫡子、源内兵衛資忠すけただ生年しやうねん十八歳じふはつさい正慶しやうきやう二年仲春ちゆうしゆん二日、父が死骸を枕にして、同じ戦場せんぢやうに命を止めをはんぬ」とぞ書いたりける。父子の恩義君臣の忠貞、この二首の歌にあらはれて、骨はして黄壌くわうじやう一堆いつたいもとに朽ちぬれど、名は留まつて青雲九天の上に高し。されば今に至るまで、石碑の上に消え残れる三十一字みそぢひともじを見る人、感涙かんるゐを流さぬはなかりけり。




また右の柱を見れば、

しばらく待っていてください。子を思う闇に迷っておられることでしょう。わたしが六つの街([六道])の道しるべとなりますから。

と書いて、「相摸国の住人本間九郎資貞(本間資貞)の嫡子、源内兵衛資忠(本間資忠)生年十八歳、正慶二年(1333)仲春([陰暦二月])二日、父の死骸を枕にして、同じ戦場に命を終える」と書いてありました。父子の恩義君臣の忠貞、この二首の歌に現れて、骨は化して黄壌一堆([塚])の下に朽ちましたが、名は青雲九天([九天]=[天])の上に高く留まりました。こうして今に至るまで、石碑の上に消え残る三十一字を見る人は、感涙を流さぬ者はいませんでした。


続く


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by santalab | 2016-01-03 11:23 | 太平記 | Comments(0)

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