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「太平記」儲王の御事(その4)

第四の宮も同じき御腹にてぞをはしける。これは聖護院二品親王しやうごゐんにほんしんわうの御附弟ふていにてをはせしかば、法水ほつすゐ三井みゐの流れに汲み、記別を慈尊の暁に期し給ふ。この外儲君ちよくん儲王の選び、竹苑椒庭ちくゑんせうていの備へ、まことに王業わうげふ再興の運、福祚ふくそ長久ちやうきうもとゐ、時を得たりとぞ見へたりける。




第四の宮(尊性法親王?)も同じく北畠親子の子でした。尊性法親王は聖護院二品親王(第八十八代後嵯峨天皇の皇子、覚助法親王?)の御附弟([弟子])でした、法水を三井(現滋賀県大津市になる三井寺)の流れに汲み、記別([ある者が未来に悟りを得るであろう。という意味の予言])を慈尊の暁に期しました。この外儲君([皇太子])儲王([儲君])が、竹苑椒庭([宮中])に備わり、まことに王業再興の運は、福祚([天子の位])長久の礎とともに、時を得たように見えました。


続く


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by santalab | 2016-01-06 21:25 | 太平記 | Comments(0)

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