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「太平記」笠置軍事付陶山小見山夜討事(その11)

これをこそ珍事なりと騒ぐところに、また同じき十三日の晩景に、備後の国より早馬はやむま到来たうらいして、「桜山四郎入道、同じき一族ら御所方にまゐつて旗を揚げ、当国の一宮を城郭として立て篭もる間、近国の逆徒げきと少々せうせう馳せくははつて、その勢既に七百余騎、国中こくぢゆうを打ち靡け、剰へ他国へ打ち越えんとくはだて候ふ。夜を日に継いで討つ手を不被下候はば、御大事出で来ぬと思え候ふ。御油断不可有」とぞ告げたりける。まへには笠置かさぎの城強うして、国々の大勢おほぜい日夜責むれども未だ落ちず、後ろにはまた楠木・桜山の逆徒おほきに起こつて、使者日々にきふを告ぐ。南蛮西戎なんばんせいじゆうはすでに乱れぬ。東夷北狄とういほくてきも、またいかがあらんずらんと、六波羅の北の方駿河のかみ、安き心もなかりければ、日々に早馬を打たせて東国勢をぞ被乞ける。




これをこそ珍事と騒ぐところに、また同じ九月十三日の晩景([夕刻])に、備後国より早馬が到来して、「桜山四郎入道(桜山茲俊これとし)、同じく一族らが御所方に参って旗を上げ、当国の一宮(現広島県福山市にある吉備津神社)を城郭として立て籠もり、近国の逆徒らが少々馳せ加わって、その勢はすでに七百余騎、国中を打ち平らげ、さらに他国に打ち越えようとしております。夜を日に継いで討っ手を下されなければ、大事になろうかと思われます。油断ならない事態です」と告げました。前には笠置城(現京都府相楽郡笠置町)守り固くして、国々の大勢が日夜攻めましたがいまだ落ちず、後ろにはまた楠木(楠木正成)・桜山の逆徒が大量に起こって、使者が日々に急を告げました。南蛮西戎はすでに乱れました。東夷北狄も、またどうなることかと、六波羅の北方駿河守(北条範貞のりさだ)は、落ち落ちしてもいられず、日々に早馬を打たせて東国勢を要請しました。


続く


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by santalab | 2016-01-19 07:58 | 太平記 | Comments(0)

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