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「太平記」上杉畠山流罪死刑の事(その6)

伊豆いづかみその刀を手に取りながら、いくほどならぬ憂き世の名残りしみかねて、女房の方をつくづくと見て、袖を顔に押し当て、たださめざめと泣き居たるばかりにて、そぞろに時をぞ移されける。さるほどに八木光勝が中間ちうげんどもに生け捕られて、被刺殺けるこそうたてけれ。武士たる人は、平生の振る舞ひはよしやともかくもあれあながち見るところにあらず。ただ最期の死に様をこそしつする事なるに、きたなくも見へ給ひつる死に場かなと、爪弾きせぬ人もなかりけり。女房は年来日来の馴染み、昨日今日の情けの色、いつ忘るべしとも不覚と泣き悲しみてその淵瀬に身をも沈めんと、人目の隙を求め給ひけるを、年来知識に被憑たりけるひじり、とかく止め教訓して、往生院わうじやうゐん道場だうじやうにて髪剃り落とし奉て、亡き跡をとぶらふ外はさらに他事なしとぞ聞こへし。加様によろづ成りぬれば、天下の政道しかしながら武家の執事の手に落ちて、今に乱れぬとぞ見へたりける。




伊豆守(上杉重能しげよし)はその刀を手に取りながらも、並々ならぬ憂き世の名残りを惜しんで、女房の方を見ては、袖を顔に押し当てて、たださめざめと泣くばかりで、いたずらに時を移しました。やがて八木光勝の中間([公家・寺院などに召し使 われた男])どもに生け捕られて、刺し殺されたのは情けないことでした。武士たる者は、平生の振る舞いはともかくも重要ではありません。ただ最期の死に様を潔くよくするものでしたが、恥ずかしくも思える死に様だと、非難しない者はいませんでした。女房は年来日来の馴染みで、昨日今日の情けを、いつ忘れるとも思えず泣き悲しんで淵瀬に身を沈めようと、人目の隙を窺っていましたが、年来智識の頼りにしていた聖が、宥め止め教訓して、往生院(現京都市右京区にある祇王寺か?)で髪を剃り落として、亡き跡を弔うほかは他事なしと聞こえました。このような世の中となって、天下の政道さえも武家の執事(政所)の手に落ちて、今に乱れが起こるように思えました。


続く


by santalab | 2016-01-24 17:00 | 太平記

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