聖形見の刀と、貞俊が最期の時着たりける小袖とを持つて、急ぎ鎌倉へ下り、かの女房を尋ね出だし、これを与へければ、妻室聞きも敢へず、ただ涙の床に臥し沈みて、悲しみに堪へ兼ねたる気色に見へけるが、側なる硯を引き寄せて、形見の小袖の妻に、
誰見よと 信を人の 留めけん 堪へてあるべき 命ならぬに
と書き付けて、形見の小袖を引き
被き、その刀を胸に突き立てて、忽ちにはかなく成りにけり。
聖は形見の刀と、貞俊(北条貞俊)が最期の時に着ていた小袖を持って、急ぎ鎌倉へ下り、かの女房を探し出し、これを与えると、妻室は聞きも敢えず、ただ涙の床に臥し沈んで、悲しみに堪へかねたように見えましたが、側にあった硯を引き寄せて、形見の小袖の褄に、
誰に見せよと、形見を残されたのでしょう。この悲しみに堪えて生き永らえる命とも思えませんのに。
と書き付けて、形見の小袖を引き被き、形見の刀を胸に突き立てて、たちまちにはかなくなりました。
(続く)