人気ブログランキング | 話題のタグを見る

Santa Lab's Blog


「源氏物語」夢浮橋(その10)

小野には、いと深く茂りたる青葉の山に向かひて、紛るることなく、遣り水の蛍ばかりを、昔思ゆる慰めにて眺め給へるに、例の、遥かに見遣らるる谷の軒端より、前駆心に追ひて、いと多う灯したる火の、のどかならぬ光を見るとて、尼君たちも端に出で居たり。「誰がおはするにかあらむ。御前などいと多くこそ見ゆれ」。「昼、あなたに引き干し奉れたりつる返り事に、『大将殿おはしまして、御饗応の事にはかにするを、いとよき折なり』と、こそありつれ」。「大将殿とは、この女二の宮の御夫にやおはしつらむ」など言ふも、いとこの世遠く、田舎びにたりや。まことにさにやあらむ。時々、かかる山路分けおはせし時、いとるかりし随身の声も、うちつけに混じりて聞こゆ。月日の過ぎ行くままに、昔の事のかく思ひ忘れぬも、「今は何にすべきことぞ」と心憂ければ、阿弥陀仏に思ひ紛らはして、いとど物も言はで居たり。横川に通ふ人のみなむ、この渡りには近き頼りなりける。




小野(現京都市左京区高野から八瀬やせ・大原にかけた一帯の古称)では、とても深く茂る青葉の山に向かい、気が紛れることはありませんでしたが、遣り水([庭園などに水を導き入れて作った流れ])の螢ばかりを、昔を偲ぶ慰めとして眺めていました、女がいつものように眺めていると、遥か遠くの谷に見える軒端から、前駆([先導])が格別の先払いをして、とても数多く灯した火が、まばゆいばかりの光を放っていたので、尼君たちも軒端に出てきました。「いったいどなたでしょう。御前もたいそう数多くおられますよ」。「昼に、あちらに引き干し([引きのばして日に干したもの。特に、海草の類])を差し上げましたが返事に、『大将殿(薫)がお訪ねになられて、饗応([酒や食事などを出してもてなすこと])を急ぎ用意しなくてはなりません、ちょうどよい時に持って来られた』と、申されましたよ」。「大将殿とは、女二の宮の夫(朱雀院の第二皇女の夫、柏木。柏木はすでに亡くなっている。ちなみにこの時の薫大将は、光源氏の次男であるが実は柏木の長男)ではないでしょうか」などと言い合うのも、たいそうこの世から遠く離れ、田舎じみていました。まったくその通りの暮らしぶりだったのでしょう。大将殿は時々、こうして山路を分けて山に上られていましたが、たいそうはっきりと随身の声が、聞こえました。月日は過ぎ行きましたが、女は昔の事を忘れることはありませんでした、「今さら何を思ったところで仕方のないこと」とつらく思いながらも、阿弥陀仏に悲しみを紛らわし、何も言わないままでした。横川に通う人ばかりが、このあたりでは身近な人なのでした。


続く


by santalab | 2016-04-08 20:56 | 源氏物語

<< 「源氏物語」夢浮橋(その11)      「源氏物語」夢浮橋(その9) >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧