Santa Lab's Blog


「増鏡」あすか川(その4)

時なりて、舞人まひびとどもまゐる。実冬さねふゆ中将ちゆうじやう、唐織物の桜の狩衣、紫の濃き薄きにて桜を織れり。赤地あかぢの錦の表着うはぎ・紅のにほひの三つ衣・同じひとへ・しじらの薄色の指貫さしぬき、人よりは少しねびたりしも、あな清げと見えたり。大炊御門おほひのみかど中将冬輔ふゆすけと言ひしにや、装束さうぞく先のに変はらず。狩衣は唐織物なりき。花山院の中将家長いゑなが、右大将の御子、魚綾ぎよれうの山吹の狩衣、柳桜を縫ひ物にしたり。紅の打衣うちぎぬかかやくばかりかへして、萌黄もえぎの匂ひの三つ衣・紅の三重みへの単、浮織物うきおりものの紫の指貫に、桜を縫ひ物にしたる、めづらしく美しく見ゆ。花山院の少将忠季ただすゑ師継もろつぐの御子なり、桜の結び狩衣、白き糸にて水を隙なく結びたるうへに、桜柳を、それも結びて付けたる、なまめかしくえんなり。赤地あかぢの錦の表着、かねもんを置く。紅の二つ衣・同じ単・紫の指貫、これも柳桜を縫ひ物に色々の糸にてしたり。中宮の権亮少将公重きんしげ実藤さねふぢの大納言の子、唐織物の桜萌黄の狩衣・紅の打衣・紫の匂ひの三つ衣・紅の単、指貫例の紫に桜を白く縫ひたり。




(第八十八代後嵯峨院の五十賀の)日になって、舞人どもが参りました。実冬中将(滋野井実冬)は、唐織物の桜の狩衣に、紫の濃薄の糸で桜を織っておりました。赤地の錦の表着・紅色の三つ衣・同じ紅の単・しじら織り([織物で、縦横どちらかの糸を縮ませ、織物の表面に作り出した細かい縮みじわ。また、そのような織り方や織物])の薄色([薄い紫色])の指貫([袴])、人より少し大人びて、とても美しうございました。大炊御門中将冬輔(大炊御門冬輔)と申す人でございましたか、装束は実冬中将に劣るものではありませんでした。狩衣は唐織物でございました。花山院中将家長(花山院家長)は、右大将(花山院通雅みちまさ)の子(長男)でございましたが、魚綾([紋織物の一])の山吹の狩衣に、柳桜を縫い物([刺繍])にしておりました。紅の打衣([表地に光沢や張りをだす処理を施した衣])を輝くばかりにてからせて、萌黄色の三つ衣・紅の三重の単、浮織物の紫の指貫に、桜を縫い物にして、珍しいほどに美しうございました。花山院少将忠季(花山院忠季)は師継(花山院師継)の子でございましたが、桜の結び狩衣([狩衣の袖括そでぐくりを飾り結びとして、造花の糸花などを加えたもの。若者用])、白糸で水引([花結び])を隙なく結んだ上に、桜柳を、それも結び付けておりましたが、若々しくて美しうございました。赤地の錦の表着には、金の紋が付いておりました。紅の二つ衣・同じ紅の単・紫の指貫、これにも柳桜を縫い物が色々の糸でしてありました。中宮権亮少将公重(四辻公重)は実藤大納言(四辻実藤)の子でございましたが、唐織物の桜萌黄の狩衣・紅の打衣・紫色三つ衣・紅の単、指貫は同じく紫に桜を白く縫っておりました。


続く


by santalab | 2016-04-16 09:53 | 増鏡

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