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「太平記」摩耶合戦の事付酒部瀬河合戦の事(その3)

向かふ時七千余騎と聞こへし六波羅の勢、わづかに千騎せんぎにだにも足らで引つ返しければ、京中きやうぢゆう・六波羅の周章しうしやう不斜。雖然、敵近国より起こつて、付き順ひたる勢さまで多しとも聞こへねば、たとひ一度二度勝つに乗る事ありとも、何程の事か可有と、敵の分限を推し量つて、引けども機をば不失。斯かるところに、備前の国の地頭ぢとう・御家人も大略敵に成りぬと聞こへければ、摩耶のじやうへ勢重ならぬさきに討つ手を下せとて、同じき二十八日、また一万余騎の勢を被差下。赤松入道これを聞いて、「勝軍の利は、はかりごと不意に出で大敵の気をしのいで、須臾しゆゆ変化へんくわして先んずるには不如」とて三千余騎を率し、摩耶の城を出でて、久々智くくち・酒部に陣を取つて待ち懸けたり。




向かう時七千余騎と聞こえた六波羅の勢が、わずかに千騎にも足りずに引き返したので、京中・六波羅のあわてぶりは尋常ではありませんでした。とはいえ、敵が近国より起こりましたが、付き従う勢はそれほど多いとも聞こえてこなかったので、たとえ一度二度勝つに乗ることあろうとも、何ほどのことかあろうと、敵の分限([数])を推し量り、引き退くとも気力を失うことはありませんでした。そうこうするところに、備前国の地頭・御家人もほとんど敵になったと聞こえたので、摩耶城に勢が付く前に討っ手を下せと、同じ二十八日に、また一万余騎の勢を下しました。赤松入道(赤松則村のりむら)はこれを聞いて、「勝軍の利は、思いも寄らぬ謀を廻らして大敵の気を凌ぎ、須臾([一瞬])に変化して敵に先んずることよ」と申して三千余騎を率し、摩耶城を出て、久々智(現兵庫県尼崎市にある神社)・酒部(坂部。現兵庫県尼崎市)に陣を取って待ち構えました。


続く


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by santalab | 2016-04-22 08:15 | 太平記 | Comments(0)

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