Santa Lab's Blog


「増鏡」あすか川(その10)

かくて、今上の若宮、六月二十六日親王しんわうの宣旨ありて、同じき八月二十五日、坊に給ひぬ。かく華やかなるにつけても、入道殿は浅ましく思さる。故大臣おとどの先立ち給ひし歎きにしづみてのみ物し給へど、「かかる世の気色を、賢く見給はぬよ」と思し慰む。中宮は、御ぶくの後も御まゐり給はず。御よろづ引き変へ、物怨めしげなる世の中なり。




入道殿(西園寺実兼さねかね。第九十代亀山天皇中宮、西園寺嬉子きしの兄)は残念に思いました。故大臣(西園寺公相きんすけ。西園寺実兼・嬉子の父。太政大臣)の先立たれて悲しみに沈んでおりましたが、「このような世の様を、賢くも見ずに済んだことよ」と思って慰めておりました。中宮(西園寺嬉子)は、喪が明けた後も参りませんでした。世の移り変わりは、(西園寺家にとっては)恨めしいものでした。


続く


by santalab | 2016-04-24 08:45 | 増鏡

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