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「太平記」建武二年正月十六日合戦事(その6)

官軍くわんぐんわざと長追ひをばせで、なほ東山を後ろに当てて勢のほどをぞ見せざりける。搦め手よりいくさ始まりければ、大手おほてこゑを受けて鬨を作る。官軍の二万余騎と将軍の八十万騎はちじふまんぎと、入れ替へ入れ替へ天地を響かして戦ひたる。漢楚八箇年の戦ひを一時に集め、呉越ごゑつ三十度の軍を百倍になすとも、なほこれには過ぐべかず。寄せ手は小勢なれども皆心を一つにして、懸かる時は一度にさつと懸かつて敵を追ひまくり、引く時は手負ひを中に立ててしづかに引く。京勢きやうぜいは大勢なりけれども人の心調べずして、懸かる時も揃はず、引く時も助けず、思い思ひ心々に戦ひける間、午の刻より酉のはりまで六十ろくじふ余度の懸け合ひに、寄せ手の官軍度毎に勝つに乗らずと言ふ事なし。されども将軍しやうぐん大勢おほぜいなれば、討たれども勢もすかず、逃ぐれども遠引とほびきせず、ただ一所にのみこらへ居たりけるところに、最初に紛れて敵に交はりたる一揆の勢ども、将軍の前後左右に中黒なかぐろの旗を差し上げて、乱れ合つてぞ戦ひける。いづれを敵いづれを御方ともわきまへ難ければ、東西南北をめき叫んで、ただ同士打ちをするより外の事ぞなかりける。




官軍はわざと長追いをせず、なお東山を後ろに当てて勢のほどを見せませんでした。搦め手([城の裏門や敵陣の後ろ側を攻める軍勢])より軍が始まると、大手([敵の正面を攻撃する軍勢])が声を受けて鬨を作りました。官軍の二万余騎と将軍(足利尊氏)の八十万騎は、入れ替わり入れ替わり天地を響かして戦いました。漢楚八箇年の戦いを一時に集め、呉越三十度の軍を百倍になすとも、なおこれには過ぎないように思われました。寄せ手は小勢でしたが皆心を一つにして、懸かる時は一度にさっと懸かって敵を追いまくり、引く時は手負いを中に立てて静かに引きました。京勢は大勢でしたが人は心を合わせず、懸かる時も揃わず、引く時も助けず、思い思い心々に戦ったので、午の刻([午前十二時頃])より酉の終わり([午後七時頃])まで六十余度の駆け合いに、寄せ手の官軍はその度毎に勝つに乗らずということはありませんでした。けれども将軍方は大勢でしたので、討たれても勢は減らず、逃げるとも遠引きせず、ただ一所に堪えているところに、最初に紛れて敵に交わっていた一揆の勢どもが、将軍の前後左右に中黒(大中黒)の旗を差し上げて、乱れ合って戦いました。いずれを敵いずれを味方とも見分け難ければ、東西南北喚き叫んで、ただ同士討ちをするよりほかありませんでした。


続く


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by santalab | 2016-07-23 11:31 | 太平記 | Comments(0)

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