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「太平記」師直以下被誅事付仁義血気勇者の事(その8)

されば異朝いてうには漢楚七十度しちじふどの戦、日本につぽんには源平三箇年の軍に、勝負互ひにはりしかども、誰か二度と降人かうにんに出でたる人あるべき。今元弘以後君と臣との争ひに、世の変ずる事わづかに両度に不過、天下の人五度十度じふど、敵にしよくし御方になり、心を変ぜぬは稀なり。ゆゑに天下の争ひ止む時なくして、合戦雌雄未だ決せず。ここを以つて、今師直もろなほ師泰もろやすつはものどもの有様を見るに、日来ひごろの名誉も高名も、皆血気に誇る者なりけり。さらずはなどかこの時に、千騎せんぎ二千騎にせんぎも討ち死にして、後代の名を挙げざらん。「仁者必有勇、勇者必不仁」と、文宣王ぶんせんわうの聖言、げにもと被思知たり。




異朝では漢楚七十度の戦、日本では源平三箇年の軍で、勝敗は度毎に入れ替わりましたが、誰か彼らのように降人となった者がおりましょう。今元弘以後君と臣との争いに、世が変わることわずかに両度に過ぎませんでしたが、天下の人は五度十度、敵に属し味方になり、心変わりしない者は稀でした。こうして天下の争いは止む時なくして、合戦の雌雄はいまだ決しませんでした。これをもって、今の師直(高師直)・師泰(高師泰)の兵どもの有様を見るに、日来の名誉も高名も、皆血気に誇る者であったということです。そうでなければどうしてこの時、千騎二千騎も討ち死にして、後代に名を上げなかったのか。「仁者([儒教の説く仁徳を備えた人])には必ず勇があるが、勇者に仁([情け。儒教における最高徳目])があるとは限らない」との、文宣王(孔子)の聖言が、思い知られるのでした。


続く


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by santalab | 2016-10-02 09:29 | 太平記 | Comments(0)

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