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「太平記」土岐頼遠参合御幸致狼籍事付雲客下車事(その4)

その頃直義ただよし朝臣、尊氏たかうぢきやうの政務に代はつて天下てんが権柄けんぺいを執り給ひしかば、この事を伝へうけたまはつて、「異朝にも未だ比類を不聞。まして本朝に於いては、かつて耳目じぼくにも不触不思議なり。その罪を論ずるに、三族に行うてもなほ不足、五刑に下しても何ぞ当たらん。ぢきにかのともがらを召し出だして車裂くるまざきにやする、ししびしほにやすべき」と、おほきに驚嘆きやうたん申されけり。頼遠よりとほ行春ゆきはるも、かくては事悪しかりなんと思ひければ、皆おのが本国へぞ逃げ下りける。この上はとて、やがて討つ手を差し下し、可被退治たいぢ評定一決したりければ、下野判官はうぐわんは不叶とや思ひけん、首を延べて上洛しやうらくし、無咎由を様々陳じまうしける間、事の次第委細に糾明きうめいあつて、行春をば罪のかろきに依つて死罪を被宥讃岐の国へぞ被流ける。




その頃直義朝臣(足利直義。足利尊氏の弟)は、尊氏卿(足利尊氏)の政務に代わって天下の権柄([政治の実権])を執っていましたので、このことを伝え聞いて、「異朝にもいまだこのような例を聞かず。まして本朝においては、かつて耳目にも触れぬ不思議なことよ。その罪を論ずれば、三族([三種の親族。父と子と孫、また、父母・兄弟・妻子、父の族・母の族・妻の族など諸説ある])に行おうともまだ足りず、五刑([中国古代に行われた五つの刑罰])になしても相当しない。すぐにその者どもを召し出して車裂き([鎌倉・室町時代の刑罰の一。二台の車に罪人の足を片方ずつ縛りつけ、それぞれの車を反対方向に走らせて体を引き裂くもの])になすか、はたまた醢([塩漬け])にすべきか」と、ひどく驚嘆しました。頼遠(土岐頼遠)も行春(二階堂行春)も、こうなっては具合悪しと思い、皆己れの本国に逃げ下りました。この上はと、やがて討っ手を差し下し、退治すべしと評定一決したので、下野判官(二階堂行春)は仕方ないと思ったか、首を延べて上洛し、罪なき由を様々陳じ申したので、事の次第は委細に糾明([罪・不正などを問いただして事実を明らかにすること])して、行春は罪の軽さにより死罪を宥められて讃岐国に流されました。


続く


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by santalab | 2016-10-09 09:19 | 太平記 | Comments(0)

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