Santa Lab's Blog


「太平記」南方官軍落都事(その3)

宮方の官軍くわんぐん、始めは京都にてこそともかくもならめと申しけるが、四方しはうの敵雲霞の如くなりと告げたりければ、これほどによくし寄せたる天下を、一時に失ふべきにあらず。先づ南方へ引いて、四国・西国へ大将を分け遣はし、越前・信濃・山名・仁木にてふし合はせて、またこそ都を落とさめとて、同じき二十六日の晩景ばんげいほどに、南方の宮方宇治を経て、天王寺てんわうじ・住吉へ落ちければ、同じき二十九日将軍京へ入り給ひけり。




宮方(南朝)の官軍は、はじめは京都でいかにもなろうと申していましたが、四方の敵が雲霞の如くなったと告げ知らせたので、手に届きそうな天下を、一時に失うことはできませんでした。まずは南方へ引いて、四国・西国へ大将を分け、越前・信濃・山名・仁木に牒([文])で示し合わせて、再度都を落とそうと、同じ十二月二十六日の晩景([夕方])ほどに、南方の宮方は宇治(現京都府宇治市)を経て、天王寺(現大阪市天王寺区)・住吉(現大阪市住吉区)へ落ちたので、同じ二十九日に将軍(室町幕府第二代将軍、足利義詮顕能よしあきら。足利尊氏の嫡男)は京に入りました。


続く


[PR]
by santalab | 2016-12-22 07:57 | 太平記 | Comments(0)

<< 「太平記」持明院新帝自江州還幸...      「太平記」南方官軍落都事(その2) >>

Santa Lab's Blog
by santalab
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28
カテゴリ
以前の記事
フォロー中のブログ
最新のコメント
メモ帳
最新のトラックバック
ライフログ
検索
その他のジャンル
ブログパーツ
最新の記事
外部リンク
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧