婆羅門二の眼を手に取つて、「肉眼は被抜て後、涜き物なりけり。我何の用にか可立」とて、則ち地に抛げて、蹂躙してぞ捨てたりける。この時に身子、「人の五体の内には、眼に過ぎたる物なし。これほど用にもなき眼を乞ひ取りて、結句地に抛げつる事の無念さよ」と一念瞋恚の心を発こししより、菩提の行を退けしかば、さしも功を積みたりし六波羅蜜の行一時に破れて、破戒の声聞とぞ成りにける。
婆羅門([僧侶])は二つの眼を手に取って、「肉眼は抜けば、汚いものだな。わしにとって何の役にもたたぬ」と言って、たちまち地に投げると、踏みつけて捨ててしまいました。この時に身子は、「人の五体の内で、眼ほど大事なものはなし。用にも立たない眼を乞うて、結局地に投げ捨てるとはなんとも無念なことよ」と一念瞋恚([燃え上がる炎のような激しい怒り・憎しみ])の心を起こしたので、菩提の行は無駄となり、功を積んだ六波羅蜜([仏の境涯に到るための六つの修行])は一時に消えて、破戒の声聞([釈尊の教えを忠実に実行はするが、自己の悟りのみを追求する出家修行者のこと])となりました。
(続く)