この頃殊に時を得て、栄耀人の目を驚かしける佐々木の佐渡の判官入道道誉が一族若党ども、例のばさらに風流を尽くして、西郊東山の小鷹狩りして帰りけるが、妙法院の御前を打ち過ぐるとて、跡に下がりたる下部どもに、南庭の紅葉の枝をぞ折らせける。時節門主御簾の内よりも、暮れなんとする秋の気色を御覧ぜられて、「霜葉は紅於二月花なり」と、風詠閑吟して興ぜさせ給ひけるが、色殊なる紅葉の下枝を、不得心なる下部どもが引き折りけるを御覧ぜられて、「人やある、あれ制せよ」と仰られける間、坊官一人庭に立ち出でて、「誰なれば御所中の紅葉をばさやうに折るぞ」と制しけれども、敢へて不承引。「結句御所とは何ぞ。傍ら痛の言や」なんど嘲哢して、いよいよなほ大きなる枝をぞ引き折りける。折節御門徒の山法師、数多宿直して候ひけるが、「悪ひ奴ばらが狼籍かな」とて、持つたる紅葉の枝を奪ひ取り、散々に打擲して門より外へ追ひ出だす。
この頃とりわけ時を得て、その栄耀は人の目を驚かすばかりの佐々木佐渡判官入道道誉(佐々木道誉)の一族若党どもは、前にもまして風流を尽くして、例のばさらに風流を尽くして、西の丘(現京都府向日市)東山で小鷹狩りをして帰っていましたが、妙法院(現京都市東山区にある寺)の前通り過ぎる時、後ろの下部([召使い])どもに、南庭の紅葉の枝を折らせました。ちょうどその時門主が御簾の内から、暮れようとする秋の気色を見て、「霜葉は二月の花よりも紅いぞよ」と、風詠閑吟して趣きを感じていましたが、とりわけ色付いた紅葉の下枝を、不得心の下部どもが引き折るのを見て、「人はおるか、止めさせよ」と申したので、坊官が一人庭に立ち出て、「いったい誰が御所中の紅葉の枝を折っているのだ」と止めましたが、止めませんでした。「いったい御所とは何者ぞ。けちなことを申すな」などと嘲哢して、もっと太い枝を引き折りました。ちょうど門徒の山法師が、数多く宿直していましたので、「悪い奴らが狼籍するものよ」と、下部が手に持った紅葉の枝を奪い取り、散々に打擲([打ちたたくこと])して門の外に追い出しました。
(続く)