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「太平記」公家一統政道の事(その10)

去る七月の初めより中宮御心わづらはせ給ひけるが、八月二日隠れさせ給ふ。これのみならず十一月三日、春宮崩御成りにけり。これ非只事、亡卒ばうそつ怨霊をんりやうどもの所為しわざなるべしとて、止其怨害、為令趣善所、仰四箇大寺、大蔵経五千三百くわんを一日のうちに被書写、法勝寺ほつしようじにてすなは供養くやうを遂げられけり。




去る七月の初めより中宮(西園寺禧子きし?)は心を煩わせておられましたが、八月二日(西園寺禧子が亡くなったのは、元弘三年(1333)十月十二日らしい)にお隠れになられました。これのみならず十一月三日に、春宮が崩御されました。これは只事ではなく、亡卒の怨霊どもの仕業である、その怨害を止め、善とならしめよと、四箇大寺(東大寺・延暦寺・興福寺・園城寺)に仰せて、大蔵経五千三百巻を一日のうちに書き写し、法勝寺(かつて現京都市左京区にあった寺院)でたちまち供養されました。


続く


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by santalab | 2017-03-16 07:32 | 太平記 | Comments(0)

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