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「太平記」大内裏造営の事付聖廟の御事(その9)

同じき年の三月二十六日に、延喜えんぎの帝未だ東宮にて御坐ありけるが、菅少将くわんせうしやうを被召て「漢朝かんてう李嶠りけうは一夜に百首の詩を作りけると見えたり。なんぢ盍如其才。一時に作十首詩可備天覧」被仰下ければ、すなはじふの題を賜はりて、半時許りに十首の詩をぞ作らせ給ひける。

送春不用動舟車
唯別残鴬与落花
若使韶光知我意
今宵旅宿在詩家

と云ふ暮春ぼしゆんの詩もその十首の絶句の内なるべし。才賢の誉れ・仁義の道、一つとして無所欠、君は帰三皇五帝徳、世は均周公・孔子治只在此人、君無限しやうじ思し召しければ、寛平くわんへい九年六月に中納言より大納言に上がり、やがて大将だいしやうに成り給ふ。




同じ年(貞観十二年(870))の三月二十六日に、延喜帝(第六十代醍醐天皇)はまだ東宮でしたが、菅少将(菅原道真)を召されて、「漢朝の李嶠(初唐の詩人)は一夜に百首の詩を作ったという。お主もたいそう才能があると聞いておる。一時に十首の詩を作り天覧([天皇が観賞すること])に備えよ」と命じられたので、たちまち十の題を賜わると、半時許りに十首の詩を作りました。

舟車に乗っているわけでもないのに春は過ぎて行く。
残鶯([春が過ぎてもまだ鳴いているうぐいす])と落花に別れを告げて。
韶光せうくわう([うららかな春の光])よもしわたしの気持ちが分かるならば、
今宵は詩家([詩人])の許に旅泊してはくれまいか。

という晩春の詩もその十首の絶句([漢詩における近体詩の代表的な詩型の一。四句から成る])の一つです。才賢の誉れ・仁義の道、一つとして欠くところなく、君は三皇五帝([古代中国の神話伝説時代の八人の帝王])の徳に帰し、世は菅原道真により均周公(周公旦。周の政治家)・孔子の治世に等しいものでした。君(第五十九代宇多天皇)は限りなく褒めたたえ、寛平九年(897)六月に中納言より大納言に上がり、やがて大将(右大将)になりました。


続く


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by santalab | 2017-03-25 09:32 | 太平記 | Comments(0)

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