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「太平記」新田足利確執奏状の事(その1)

さるほどに足利宰相尊氏たかうぢきやうは、相摸次郎時行ときゆきを退治して、東国やがて静謐せいひつしぬれば、勅約の上はなんの子細か可有とて、いまだ宣旨をも不被下、押して足利征夷将軍とぞまうしける。東八箇国の官領くわんれいの事は、勅許ありし事なればとて、今度箱根・相摸川にて合戦の時、有忠ともがらに被行恩賞。先立さいだつて新田の一族ども拝領したる東国の所領どもを、悉く闕所けつしよに成して、給人きふにんをぞ被付ける。義貞よしさだ朝臣これを聞きて安からぬ事に被思ければ、その替はりに我が分国、越後・上野かうづけ・駿河・播磨などに足利の一族どもの知行ちぎやうの庄園を押さへて、家人けにんどもにぞ被行ける。これによつて新田・足利仲悪しく成つて、国々の確執無休時。




足利宰相尊氏卿(足利尊氏)は、相摸次郎時行(北条時行。鎌倉幕府第十四代執権北条高時たかときの次男)を退治して、東国はやがて静謐([静かで落ち着いていること])したので、勅約の上は何の問題があろうかと、宣旨もなしに、足利征夷将軍と名乗りました。東八箇国の官領([荘園])は、勅許がありましたので、今回の箱根・相摸川の合戦で、忠義の者たちに恩賞として与えました。先立ち新田(義貞よしさだ)の一族に拝領([目上の人から物をいただくこと])のあった東国の所領を、一つ残らず闕所([所有者・権利者を欠いた土地])にして、給人([幕府・主家から恩給としての所領を与えられた者])のものとしました。義貞朝臣(新田義貞)はこれを聞いて心穏やかでなく、その代わりとして、越後・上野・駿河・播磨などに足利一族が知行する荘園を押さえて、家人([家来])たちに与えました。これによって新田(義貞)・足利(高氏)は仲違いして、国々の確執([互いに自分の意見を強く主張して譲らないこと。また、そのために生じる不和])は休まることはありませんでした。



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by santalab | 2017-06-02 07:34 | 太平記 | Comments(0)

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